付喪がいた日
 木箱を開けると今度は陶器が出てきた。ところが陶器は割れていて、ひび割れを金のパテのような物で補修していた。
「何で壊れた物を取っておくんだよ……これは金にならないだろうな」
「金継ぎされているのに、金にならないのか?」
 また声がした。先程と同じ子供の声だ。しかも鮮明に聞こえた。きっと、近所のいたずら小僧が忍びこんだに違いない。
 立ち上がって子供を捜そうとした時、足元に何かが落ちてきた。あと一歩前に出ていたら、また頭に直撃していたに違いない。舞い上がるホコリを払いながら拾いあげる。
 落ちてきた物の正体は、細長い箱だった。ご丁寧に風呂敷包みで覆い、紐で括っている。
 これは相当のお宝かもしれないぞ。自分でも興奮しているのがわかるほど、鼓動が激しくなっている。
 紐を解いて風呂敷包みを取った。現れたのは桐箱だ。表面には墨で文字が書いてあった。
『雨造』。祖父の名前ではない。誰のことだ?
「じいちゃんの字かな……ということは、お宝じゃないのかも」
 開けると中には番傘が入っていた。別に珍しくもない代物だ。祖父は何故、こんなものを丁寧に桐箱に入れて紐で括り、蔵で保管していたのだろうか。疑問が残る。
「くそっ、時間の無駄だったな。次のお宝は……」
「糞とか、お宝じゃないとか、時間の無駄だったとか、失礼だな」
 更に調べようとした時、また子供の声が聞こえた。今度は、もっと近い。どこだ?
 さすがに腹がたったので、大きく息を吸いこんでから叫んだ。
「おいクソガキ、隠れてないで出てこい。家に帰ってミルクでも飲んで寝てろ!」
 後の部分は俗語だよなと思う。子供なら叱るより罵られたほうが堪えるだろう。泣き声が聞えてくるかと思って耳を澄ましたが、相手は沈黙を決めた様子だった。
 このまま蔵に居られたら困る。子供が蔵の中で餓死なんてニュースになるのは避けたい。
 俺は仕方なく子供を捜すことにした。それにしても、いつの間に入ったのだろうか。入口はひとつだと思うが、抜け穴でもあるのかと気になる。
 奥に階段が見えた。薄暗くて見えなかったが、二階もあるのか。明りは金格子付きの窓から漏れる日光しかない。それなので、足元を確認するように摺り足で進む。
 二階のほうが、お宝が眠っているかもしれないな。欲が増したところで俺は足をとめた。
 階段のところに何かがいた。俺は幽霊の存在を信じない。あんなものは怖いと感じた者が見る幻覚だ。そうわかっているはずなのに、目の前のものは消えなかった。
 ざんばら髪で和服姿の子供が俺を見て笑っていた。どう見ても今の時代の子供の格好ではない。子供が立つと床板を擦る音が響いた。視線を落してみると、足元は靴ではなく草履だ。
 そして――足が一本だけ。
「なあ、虎彦は元気にしているか。また一緒に遊びたいんだ」
 子供が近づいてくる。そこで両眼が赤いのに気づいた。人間じゃない。それに虎彦だって? 何でじいちゃんの名前を知っているんだよ。遊びたいって意味がわかんねえ。
 脳内で「やばい逃げろ」と警鐘が鳴る。しかし指令が動きに変換されない。喉が渇いているはずなのに、無理やり唾液を出して息とともに呑みこんだ。
 落ち着け俺。多分、念仏唱えたら大丈夫だ。浄土経か法華経か。悪霊退散ではどうだ。
 気持ちは正常に保っているつもりなのに、震えとなって表れた。もう精神的に限界だ。
「光輝、作業ははかどっているかい!」
 その時、救いの神の声が響いた。祖母だ。絶頂まで高まった恐怖感が霧散していく。俺はそのまま腰をおろすと大きく息を吸った。
「ホウキと雑巾を持ってきたよ。あとゴミ袋も……どうしたんだい。大丈夫かい!」
 放心状態になった俺を見て、祖母が道具を放り投げて駆け寄ってくる。
 蔵の中にいる幽霊――そのことを教えようとしたが、蔵には既に子供の姿はなかった。
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