付喪がいた日
 やはり俺は取り憑かれてしまったのだろうか――
 蔵に入ってから奴の声に追われているから、祖母に聞けば何とかなるかもしれない。そんな願いのような、確定できない救いを求めている俺がいる。
「父さん。はやく車を出そう。遅くなると母さんにも怪しまれるだろうし」
「そうだな。帰りに骨董品屋に寄って鑑定してもらおう」
 今のは、はやく祖母の家に着きたいがための口実に過ぎない。本心ではない俺の指示に同意した父さんは車を出すと、いつもより気持ちはやい速度で運転した。
 俺と父さんの目的は異なっているが、そうしてもらえるとありがたい。
 目標の竹林が見えてきて胸を撫で下ろす。俺は番傘が入った桐箱を手にすると、父さんよりもはやく車を降り、祖母を呼んだ。すると、祖母が目を丸くして出てくる。
「あらあら、今日は光彦も一緒かい。何で夢中になれるのかねえ。今、冷たい麦茶を用意するよ」
 祖母が驚いた表情をしたのは一瞬で、すぐにいつも通りの対応をする。あの祖父と長年うまくやっていけたのは、祖母のマイペースな性格のお蔭なのだろうなと思えてくる。
「母さん。それよりも蔵の鍵を出してくれないか。蔵の中身は、はやめに処分したいから」
 そんな祖母に的確な答えを返したのは父さんだ。祖母は久しぶりに来た息子が話に付き合ってくれると期待していたのだろう。何やら考えてから息を吐くと、三面鏡の引き出しから鍵を取り出して、父さんに渡した。
「行くぞ、光輝。確か蔵は二階もあったんだよな。二階には古銭があったかな……」
 俺を誘った父さんは蔵の中身を記憶から掘り起こすように呟く。しかし、俺は昨日、二階に行く階段の前で、赤目で一本足の子供を見ている。二階と聞いただけで背筋に悪寒がはしった。
「俺、ばあちゃんと話したいことがあるから、もう少し時間が経ってから蔵に入るよ。中はホコリが少しきついと思う。それと、一階の棚板の一段と二段の分が昨日持ってきた物だから、空いてるよ」
 空になっている段を父さんが見て、また聞きにくるのも面倒だと感じたので伝える。
 父さんは、俺も蔵にすぐに入ると思っていたのだろう。不服そうな顔をすると蔵のほうに歩いて行った。
 父さんが蔵に入るまで見送ってから、俺は番傘の入った桐箱を出す。そして、本題にはいった。
「あのさ、ばあちゃん。この番傘に書いてある『雨造』って、誰のこと?」
 聞いた途端、祖母の顔色が変わった。と、いうよりも真剣な表情に変わった。
 そして、俺の顔を見つめてから、今度は頬を緩める。
 この反応は何なのだろうか? どう対応していいのか、非常に悩む。
「そうかい。光輝は呼ばれたんだね。光彦は聞こえなかったというのに……やはり、おじいさんっ子だったからかねえ」
 呼ばれた? 聞こえなかったとは、どういう意味だろうか?
 耳を澄ますと遠くでサイレンの音が響いていた。この暑い日に火事か。雨が降っていたら、消火の足しにはなっていたのではないかと、まるで自分のことのように考えてしまう。
 祖母は、その音が徐々に小さくなっていくのを聞いているのだろうか。しばらく遠くを見るような目で蔵を見つめてから、俺に語りはじめた。
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