朝、きみと目が合って
見えなくても今、藤白さんは面目なさそうに頭をかいているだろうなあということが容易に想像できた。

ふと前を向くと、まだ名前も知らないその男性は電話する私をなんとなくといった感じで見つめている。

「あ、じゃあ、そろそろ切りますね。また来週に。失礼します」

「おう、じゃあな」

気持ち慌てて切って、またぺこりと小さく頭を下げた。
男性は少しも気にしてないという風に話を続ける。

「今朝はいつもの電車、乗ってなかったでしょ? でも、よく考えたら今日は土曜だったね。仕事、休みなの?」

「うん、そうです」

「ちょっとびっくりした。今週、ずっと目が合ってたから」

「わ、私も。いつもなんとなくマンションを見るのがくせで」

なんだ、私と同じように驚いていたんだ。
少し安心し、昨日は気味が悪いとまで思っていたので申し訳なく思ってしまった。

「まあ、僕は水曜くらいから意識して見るようになってたけどね。今日もいるかなって」

「うーん、私も木曜辺りからはそうかも」

「だよね。そうじゃないと、あんなに目合わないよね」

男性はおかしそうに笑い、優しい瞳で私を捉える。

毎朝、まっすぐに向けられる眼差しが強かったから、もっとぶっきらぼうで無愛想な人かと勝手に思っていた。
だけど、実際はそれよりもずっと穏やかな物腰の人だった。

「ねえ、名前教えてくれない? 毎朝、あの時間に出勤するの? あ、僕は柳。柳翔平」

「瀧本真衣です。そう、あの六時二十七分の電車が習慣になってて。柳さんは? あの時間にベランダで何かあるんですか?」

ずっと疑問に感じていたことをぶつけると、彼はまた柔らかく笑った。

「別に敬語じゃなくていいよ。たぶん同じくらいでしょ? 僕、二十五」

「あっ、私も!」

「へえ、タメなんだ」

同い年だと知って、柳さんの瞳が興味深そうに揺れる。

毎朝、ただ目を合わせるだけだった私たち。
ようやくお互いのことを知る機会が訪れて、私も柳さんもきっとそのことを心のどこかで喜んでいた。

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