朝、きみと目が合って
「ふふっ、ありがとう。貸し切りと言えば、さっきの人騒がせな上司がね……」

朝の貸し切りだったオフィスを藤白さんに邪魔されてしまった話をした。

「どうして、そんなに朝早く来たがるんだろうね。無理しなくていいのに」

「いや、それって……」

柳さんが少し考え込む素振りを見せて、途中で言葉を途切れさせた。

「えっ?」

「いや、部外者の僕が言うことじゃないから黙っとく」

「うん?」

気になる私を差し置いて、一呼吸置いてから柳さんが朝と同じようにじっと私を見つめた。

唐突な仕草だったから一瞬、息を詰めてしまった。
今は電車のガラス窓越しじゃない、至近距離だ。

「ねえ、また会える?」

思いがけない言葉に、私は少し声を上ずらせて返事した。

「えっ、あ、朝はいつもあの電車だと思うけど」

「わかった。じゃあ、またあさってかな」

「うん、そうだね……あっ、ねえ、本当にまた屋上に来てもいいの?」

納得したように微笑む柳さんに、今度は私から質問した。

「もちろん。だって、言ったでしょ? ここは僕のものじゃないって」

「うん、そうだったね」

小さな笑みを交わした後、私たちは屋上を後にした。


「瀧本さんって何号室?」

五階の廊下で、ふと思いついたように柳さんが足を止める。

「五◯三号室だよ。柳さんは……あ、そっか。二◯三?」

言いながら途中で、毎朝見ていたベランダは確か私の部屋の三階分下だったと気づいた。

「うん、そう。瀧本さんは僕の部屋の、上の上の上だね。それじゃあ、バイバイ」

また一つ謎が解けたとでも言うように清々しい顔を見せた後、柳さんは軽快な足取りでさらに階段を下りていった。


そういえば、どうしてだろう。

さっき、あれだけ空腹を感じていたはずなのに、まだ夕食のサンドウィッチを食べていないのに、今まですっかり忘れていた。
お腹が空く代わりに、気づけば胸の奥が温かなもので満ちていた。

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