最初で最後の嘘
「えっ?ん……難しいな。理由か。見ていればわかる、としか僕には言えない。感情はあいまいで根拠なんてないものだと思うんだ。実際、好きじゃないだろ?」
「……根拠がないのに、決めつけるな」
「うむ。それなら、君は佐伯伊織が好きなのかい?」
「ああ」
考えたこともないのに、俺は即答した。
「即答は信じられない。熟考で自分の感情をまとめてこそ、問いの答えとなる」
俺が口を開くのを遮り、丹羽は言った。
「君自身が自分の感情に気付いてないなら、答えられない問いだ。答えが見つかったら教えてくれ」
「答えならあるぞ」
丹羽は俺の顔を覗き込み、聞こう、と言った。
「伊織と一緒にいると落ち着くからだ」
「……なるほど、恋だけが付き合う理由ではない。そうか。僕は失念していた。佐伯さんは歩のことが好きだ。でも、歩は好きじゃないが落ち着きたいから付き合うことを選択しているということか」
「……丹羽。いい加減にしろ」
俺の漂わす険悪な空気を気にすることがないのは自分の思考に入ってしまっている証拠。
「だが、歩。これは友人として警告だ。乙女の旬は短い。早めに佐伯さんを解放してあげないと、より取り見取りで男を選べる期間を逃してしまう。君の精神安定剤にいつまでもしてはいけない」
「結婚するつもりでいるから、何の問題もない」
「ふむ。まだ20代で人生を捨てる選択をするのは良くないぞ。気付くきっかけが君に早く訪れることを祈るよ。その時が来たら僕に相談してくれたまえ。で、しかるに歩。今日これから暇かい?」
「…………暇じゃない」
「え~!!歩の意地悪!!」
丹羽誠一という男は本当に摩訶不思議な毒を持った男なのだ。