最初で最後の嘘
動く二歩
「……もう、起きるのか?」
ベッドから起き上がる伊織の気配にぼんやりと目を開けた。
時計をみるとまだ朝の4時。
「言ったでしょう?絵梨たちと旅行だって」
「かもな……」
もはや、記憶を手繰り寄せるのも面倒だ。
うつ伏せで枕に頭を預けながら、服を身に着けていく伊織を眺める。
この間の丹羽との会話が思い出された。
もう、伊織は生活の一部だ。
この甘くもなく冷たくもなく、乾いた空気が俺には向いている。
色んなものが。
感情が。
絡みつかない、この関係が。
「見ないでくれる?」
「……別にやらしい目で見てないだろ?ただ、ぼんやりしてるだけだ」
「落ち着かないものは落ち着かないの。やめて」
絡まった髪を梳かした櫛が音を立てて置かれる。
この空間は俺たちのようだ。
暗い部屋に淡いライトが灯り、単調な会話は心に何も残さない。
そう、伊織との思い出なんて思い出せない。
それだけ、静寂と安定に満ちた日常。
俺が理想とする世界だ。