最初で最後の嘘
あの日、些細な偶然が重なった。
俺は、一人暮らしを始めてから帰っていない実家に戻った。
丹羽が読みたいと言っている本を持ち返るためと、親への顔見せのためだ。
奏兄とも瑞希とも会うことなく。
いや、気にかけることなく久しぶりの実家で寛いでいた。
そう、一つの偶然でも起こりえなかったら。
偶然とも呼ぶにはあまりに取るに足らない出来事だった。
だが、その気まぐれが止まっていた時計の針を動かし。
塞き止められていた水は氾濫し。
逃げ続けていた報いを俺は受けることになる。
その日は伊織がうちに泊まるはずだった。
だが、彼女に急用が入り、お袋の残念がる声を遮ると。
「あんたは、伊織ちゃんにだけは優しいわね。3年帰って来ない親不孝者のくせに」
それは冷やかしめいていたけど。
全く家に寄りつこうとしない俺を非難していることは確実。
「優しくする価値があるやつにだけな」
それだけ言って、伊織の手を引っ張った。
俺たちは手を繋いだことなどない。
それが当たり前だったし、疑問にも思わない。