最初で最後の嘘










 あの日、些細な偶然が重なった。


 俺は、一人暮らしを始めてから帰っていない実家に戻った。


 丹羽が読みたいと言っている本を持ち返るためと、親への顔見せのためだ。


 奏兄とも瑞希とも会うことなく。


 いや、気にかけることなく久しぶりの実家で寛いでいた。


 そう、一つの偶然でも起こりえなかったら。


 偶然とも呼ぶにはあまりに取るに足らない出来事だった。


 だが、その気まぐれが止まっていた時計の針を動かし。


 塞き止められていた水は氾濫し。


 逃げ続けていた報いを俺は受けることになる。

















 その日は伊織がうちに泊まるはずだった。


 だが、彼女に急用が入り、お袋の残念がる声を遮ると。



「あんたは、伊織ちゃんにだけは優しいわね。3年帰って来ない親不孝者のくせに」



 それは冷やかしめいていたけど。


 全く家に寄りつこうとしない俺を非難していることは確実。



「優しくする価値があるやつにだけな」



 それだけ言って、伊織の手を引っ張った。


 俺たちは手を繋いだことなどない。


 それが当たり前だったし、疑問にも思わない。



< 40 / 115 >

この作品をシェア

pagetop