最初で最後の嘘
瑞希とはずっと繋いでいたのに。
少しでも触れていたくて、涙を拭うことにさえ幸せを感じていたのに。
そこで、はっとする。
瑞希と会ってもいないのに瑞希のことを思い出していることに。
伊織と比べていることに。
これが予兆だったのだろうか。
「歩?あなた一体、どこまで着いてくるの?」
気付いたら電車に乗り込もうとしていて、我に返る。
そんな俺に伊織はクスリと笑う。
その笑みが男たちを魅了すると知っているのだろうか?
艶めいた笑みは気品と高貴さを存分に漂わせる。
彼女は決して、表情を乱さない。
綺麗なまま。
安定と静寂の世界へ俺を誘う。
この瞬間、俺は均衡を取り戻す。
駅まで送ったら、とっとと帰るのに、この日は電車が出る時まで見送った。
実家に戻らなければ。
伊織に用事が入らなければ。
見送ることさえしなければ。
偶然と気まぐれ。
ゆっくりと現実は動き出す。