最初で最後の嘘



しかし、ひとしきり笑うと一瞬で盛大な笑いを止め、心理学者の顔して椅子に座り直す。


天才とバカは本当にわけがわからない。



「君のその顔を見ると本気で言っているようだね。信じがたい事象だよ。些細な変化だとは」



「なら、大きな変化ってなんだよ?」



 丹羽との会話はどうも疑問を疑問で返すことが多い。


 やめておけば良いのに、怖いもの見たさで、つい口を吐いてしまうのだ。



「事例その1。10日前、君はアパートの5階から飛び降りようとした。因みに、助けた僕への礼がまだだ」



 生真面目な口調に今度こそイラッとさせられたが、俺も平静を装い事実を訂正する。



「タバコを吸ってただけだ。それに俺の記憶が正しければお前に殺されそうになったはずだ」



 屋上のフェンスに座ってタバコを吹かしていたら、俺の家に遊びに来た丹羽がそれを目撃し、自殺と勘違いした挙げ句、俺が座るフェンスに突進してきたのだ。


 あれで落ちていれば間違いなく自殺ではなく殺人。



「君の記憶は錯乱しているようだね。良し、これを事例2にしよう」



「わかった。意見の相違として処理しよう」



 俺はため息を吐いたが、そうしてくれ、と丹羽は言うと、まだこの話題を続けるらしい。




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