最初で最後の嘘
そうだ。
俺は伊織のことなんか好きではない。
付き合ってからだって、今だって。
伊織を好きだと思ったことも感じたこともない。
ただ伊織といると均衡を保てた。
瑞希を忘れられていた。
「……それでも、俺は伊織を恋人として、大事にしてた。それが最低と言うならその通りだ」
「当たり障りのない優しさを与える見返りに君の心の安定のために利用した。まぁ、歩の言う通り、君たちはそれで上手くやり過ごしていたから良いけど、もう潮時だろ?」
「潮時か……」
わかっている、丹羽に言われなくても。
瑞希の存在が俺のすべてを壊し、変えていく。
静寂と均衡に包まれたモノクロの世界を鮮やかに変えていく。
白と黒を足し引きし混ぜ合わさった世界は、単調で平穏だった。
グレーになったとしても、はっきりとしていて俺を狂わせることなどなかった。
でも、瑞希は違う。
淀んだ色も春に満ちた色も、多くの色が付きまとう。
自分の激情に気付かせ、俺を狂わす。
こうしている今でも、俺のすべてが瑞希のことを考えてしまう。
奏兄と瑞希の姿が脳裏に浮かぶ。
ふっくらとした唇を奪い尽くすような口付けとか。
白く柔らかい肌の上を這いまわる奏兄の手と舌。
ベッドで艶やかな黒髪が乱れ、喘ぐ瑞希の姿。
オゾマシイ。
おぞましい。
キモチワルイ。
気持ち悪い。
そんな想像ばかりが頭を過り、俺を蝕んでいく。