最初で最後の嘘
「あるわけないだろう?」
呆れた声が自然と出てしまう。
失望するなんて勝手な話だが、そう思ってしまうのだから仕方あるまい。
「そう。最低ね。その悪びれのなさに、こっちが情けなくなるわ」
目に手を当て、天を仰ぐ伊織。
これ以上話しても、ドツボに嵌まりそうだ。
もう、とっとと済ませるが穏便。
とりあえず、こっそりナイフだけは枕元に隠す、刺されでもしたら退院が伸びてしまう。
「最低なんて今さらだ。別れよう。ずっと昔から好きな女がいるんだ。だから、お前、邪魔」
普通の女ではない。
さすがは伊織。
プライドが高く、誇りを失わない。
決して、俺に泣いた顔を見せない。
頬に流れる水滴を見ないふりするのは、彼女への敬意だ。
謝罪など、彼女のプライドに傷を付けるだけ。
そういう女だ。
未練がましさなど見せない、気高き存在。
それが俺が5年以上の月日を共にした女だ。