最初で最後の嘘



「あるわけないだろう?」



 呆れた声が自然と出てしまう。


 失望するなんて勝手な話だが、そう思ってしまうのだから仕方あるまい。



「そう。最低ね。その悪びれのなさに、こっちが情けなくなるわ」



 目に手を当て、天を仰ぐ伊織。


 これ以上話しても、ドツボに嵌まりそうだ。


 もう、とっとと済ませるが穏便。


 とりあえず、こっそりナイフだけは枕元に隠す、刺されでもしたら退院が伸びてしまう。



「最低なんて今さらだ。別れよう。ずっと昔から好きな女がいるんだ。だから、お前、邪魔」



 普通の女ではない。


 さすがは伊織。


 プライドが高く、誇りを失わない。


 決して、俺に泣いた顔を見せない。


 頬に流れる水滴を見ないふりするのは、彼女への敬意だ。


 謝罪など、彼女のプライドに傷を付けるだけ。


 そういう女だ。


 未練がましさなど見せない、気高き存在。


 それが俺が5年以上の月日を共にした女だ。





< 76 / 115 >

この作品をシェア

pagetop