最初で最後の嘘
「歩に縋る価値があるとも思えない。別れましょう」
身を翻して病室から立ち去る伊織を見ながら、これで計画が進められると、ほっとして笑みが出た。
が、勢いよく開かれたドアに眉間に皺よってしまう。
「ブラボー!佐伯さんは君にはもったいない!いやぁー佐伯さんがここまで素晴らしい女性だとは。彼女は生まれながらの女王だ!」
「……丹羽、もう明日になったのか?」
「いや、君の性根の腐り具合も素晴らしかったよ。ここまで腐ったなら進めるだけ進みたまえ!」
「……丹羽、もう明日になったのか?」
同じ言葉を繰り返す。
少し前に立ち去った男の時計は主と同じく、相当に狂っている。
「君ね。穏便という言葉を一度辞書で引いたほうが良い。落ち度のない佐伯さんへの仕打ちは目に余るものがある」
立ち聞きしていたらしい。
「時間をかけている暇はないし、他人を思いやれる余裕もない」
「君の好きそうな本ばっかりだ。彼女は別れるつもりがなかったんだろうね。知らないふりをして君の傍にいたかったのだろう。佐伯さんは泣き崩れるほど君のことが好きだった」
この無視具合は、丹羽が怒っているサイン。
どこかしら丹羽にもまともなところがあるらしい。