トロンプルイユは甘く囁く
一
「そちが朝芳か。お主の評判を巷で聞いてのぅ」
対面した殿様は、いかにも苦労知らずな弛んだ身体を贅沢な着物で包んだ、初老の男だった。
特に何の才もなさそうだが、嫌な感じもない。
人気絵師とはいえ一庶民に過ぎない朝芳にも、屈託なく声をかける。
「わたくしなどをお召し頂き、誠に恐悦至極にございます」
我ながら、何と感情の籠っていない声なのか、と呆れたが、殿様はそんなことには気付かず、側近に命じて一枚の絵を広げさせた。
「これが、わしの目に留まっての」
広げられたのは、朝芳の美人画だ。
「どことのぅ、綾姫(あやひめ)に似ておる。それで、お主なら綾の美しさを余すところなく描き移せると思ったのじゃ」
「……」
朝芳は、さりげなく視線を外した。
「頼んだぞ」
上機嫌で言い、殿様は緩慢な動作で去って行った。
対面した殿様は、いかにも苦労知らずな弛んだ身体を贅沢な着物で包んだ、初老の男だった。
特に何の才もなさそうだが、嫌な感じもない。
人気絵師とはいえ一庶民に過ぎない朝芳にも、屈託なく声をかける。
「わたくしなどをお召し頂き、誠に恐悦至極にございます」
我ながら、何と感情の籠っていない声なのか、と呆れたが、殿様はそんなことには気付かず、側近に命じて一枚の絵を広げさせた。
「これが、わしの目に留まっての」
広げられたのは、朝芳の美人画だ。
「どことのぅ、綾姫(あやひめ)に似ておる。それで、お主なら綾の美しさを余すところなく描き移せると思ったのじゃ」
「……」
朝芳は、さりげなく視線を外した。
「頼んだぞ」
上機嫌で言い、殿様は緩慢な動作で去って行った。