-陰陽之書-

 その異形な姿の恐ろしさに、伊助は自分の名を呼ぶ主から何とか屋敷中を逃げ回っていると――。


「喰いたや、喰いたや……伊助、喰いたや」


 掠れた声は地の底からのような、おどろおどろしい声へと変化した。


「見つけた、伊助」


 恐ろしい速さをもって地を這い、目の前までやって来きたのだ。

 命からがら逃げ果せ、そうして今ここにいることをやっとのことで話した。


 ……ずる、ずるり。

 背後から、地面を這う音が聞こえてくる。


「ああ、来ました。どうか、どうかお助けください」


 ……ギギギギギィ!

 猫又は全身の艶やかな毛を逆撫で、男の膝の上で細い声を出し、主の声がする方を向いて威嚇している。


 蒼は猫又の頭を撫で、大丈夫だと宥めてやると、伊助を牛車の中に引き入れた。


 それからなにやら呪文のようなものを口にする。


「伊助、どこじゃ。どこにおる。喉じゃ、喉が乾いてならぬ。お前の血をおくれ」


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