ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』
10話、アレンの想い
「フルール。君はいつも、友人に囲まれているね」
キャットは、先ほどまでの光景を思い出し苦笑い…。
「あらっ。女性は群れるものですから。私は一人でもいいのですが…集まってくるんですの。そう! 言うなれば私は最高級の生肉よ」
「……そこは、花の蜜でいいんじゃないかな………フルール……」
「ダメ。私が花の蜜なら、何、あのケバケバしい方達が、蝶?? 馬鹿いわないで。例えでも許せないわ!」
フルールの容姿は中より上で中肉中背、突起して目立つ訳ではないが、その普通の中、一際目を引くのはストロベリーブロンドの髪。
美しい容姿こそ武器になるの!!と公言する彼女の容姿は、誰よりも派手である。自前の髪色もだが、ドレスもフリルたっぷりの濃いピンク。
はじめてフルールに会った時、キャットは若干ひいていたのに…すでになれている自分が笑えると感じていた。
たまに、フルールがシックなドレスを着ていると、物足りなく感じる始末…。慣れはこわいと、しみじみ思っていると…。
ぐんっっっ!!! 身体のバランスが崩され転倒しそうになる。そして直後に痛みがプラスされた。
「…っ痛い。何!???」あまりの痛さに身体が痺れていく。
「…あ、兄上???」
左手首を掴んでいる人物に目を向けた。
「…フルール。少し弟を借りる」
あまりに簡潔すぎる台詞に、フルールも唖然。
「…ええ…どうぞ…」
今の兄上に、しっかり返答ができるあたり、流石フルールだと惚れ直した。
腕を掴まれ、アレンに引っ張られるキャットは痛さに悲鳴をあげそうだった。
(「痛い、痛い、痛い」)
庭園の、先ほどまで兄上がいた場所に行くのだとは分かる。あそこは、広間から死角になっているから話しやすい。
(「兄上!! 腕がちぎれそうなんですけど!!」)
言っても、聞こえないだろうと我慢するが、冗談なく痛い。
痛すぎてキャットは意識がトリップする。
…あぁぁぁ…常にベッドの上…、骨と皮だけだった兄上が、これだとは誰が思う??
高い身長。長い手足。軍服の上からでも分かる極限まで絞り込まれた肉体。広い肩幅。厚い胸板。
今だ…信じられない…。
やっと、放してくれた時にはキャットの腕は鬱血していた。
「兄上は、馬鹿力……ですね……」
「…あっ…腕…すまない」
「……(えっ??気づいてなかったのか)」
キャットはまたも絶句する。
赤くなった腕をさすりながら、用件を聞くため兄の方に意識を向けた。
視界に入った兄の姿は、見たことがないほど辛そうな表情を浮かべていて、よくない状況をどうしても思い描いてしまう。
「…キャット。今すぐ、エルティーナ様をフリゲルン伯爵から離してほしい。…頼む」
「エルティーナ様? ……ってちょと! 兄上!!」
壁に背を預け座り込むアレンに、飄々としていても、かなり前から兄上は限界だったんだと知った。
「……頼む……。これ以上は、無理だ。我慢…できない……」
レオン殿下のもう…潮時だ…という言葉が否応なくキャットの脳内に響く…。
エルティーナの護衛をはずれた時点で、それはアレンとエルティーナの決別を意味している。
キャットは今までの我慢が最高潮に達し、とうとう爆発してしまう。
「……こんな茶番っ……ふざけています!!
そもそも兄上が、エルティーナ様と結婚すればいいのでは!!?
兄上の本気をぶつけて、断る女性がこの世に存在すると思えない!!
何故、エルティーナ様に手を出さないんですか!?エルティーナ様が兄上を好きなのは、誰が見てもわかります!!
十一年前だって……。
まぁ…あのぽやっとふわふわエルティーナ様ですから、今の好きという想いが男女間での好きではないかもしれません。ですがその好きを、兄上の求める好きに変えていけばいいのでは!?
エルティーナ様が何も知らないのであれば、兄上が手取り足取り全てお教えればいいですよね!! 違いますか!?」
キャットは、苛立たしくて。今まで言わなかった…言えなかった事をアレンにぶつけた。
「…それだけは、出来ない」
「何故!? 何が、何が出来ないというのですか!?」
「…キャット…私の病は…治っていない」
「えっ…?」
「昔よりは大分減ったが…まだ吐血はある。今。この場で。心臓が止まっても、何も不思議じゃない…。
口付けもしたい…。身体だって繋げたい…。もう一度…触れたい…。だが、踏め込めばもう戻れない。
後…数年しか生きれない私と結婚してなんになる?
…離れるべきだろう…でも…今更離れられない……。
声が…聞きたいから。
顔が…みたいから。
名を呼ばれたいから…。
ただ…そばにいたい…」
「兄上……」
「行ってくれ。…頼む」
「分かりました。行ってきます」
キャットの姿が遠くなって。アレンは、息を吐く。優しい弟だと…。十一年前の事も、レオンや妻のフルールにも黙っている…。
たくさん疑問に思っていても、今まで一度もふれてこなかった、優しい弟。
アレンは溜まっていた気持ちを吐き、だいぶ楽になった…。
ダンスを一緒に踊りたいと言った時の事も…。エルティーナにあれほど冷たい態度をとるつもりではなかったアレンだが…。
あんな至近距離で、柔らかそうに上下に揺れる胸と、小さくふくれた桃色の頂きを見せられたら…身体が一気に反応して…かなり股間がやばい状態だった。
軍服が厚手のトラウザーズで良かったと、心から思ったのだ…。
エルティーナが結婚しても、アレンは、側にいるつもりだ…どんな事をしてでも…。
星広がる空をみて。瞳をとじる。
「…(エル様)……愛しております…」
決して口に出せない想いを込め、少しだけ…ほんの少しだけ声にのせる。
心地よく、優しい風が、アレンの美しい銀髪を撫で続けていた。