ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』
12話、フルールの怒り
「フルールお姉様!! 大変お待たせ致しました」
今が夜である事を忘れるくらい…晴れやかな笑顔のエルティーナ。
目線は少しだけ下、淡い水色のドレスの端を指で掴みわずかに腰をおとす。王女らしい完璧な所作で、エルティーナはフルールに挨拶して見せた。
完璧な挨拶を見せたエルティーナをフルールは素直に美しいと思う。
今までの野暮ったい「それをドレスと呼ぶのかしら?心外だわっ」という姿でも、エルティーナは大変美しい子ではあった。だが今日のドレスが一番、彼女の魅力を引き出している。
心の底からエリザベス様と見に来て正解だったとガッツポーズ。久しぶりに目の保養をさせてもらった。
…しかし…ここで大きな問題がフルールをおそう。フルールは別にエルティーナを呼んでないし待ってない。
(「エルティーナ様…何故そんなキラキラ笑顔……?」)
ちらっと、旦那様であるキャットを見ると…エルティーナと違い苦しげな笑顔…。
「…えっと…フルール。エルティーナ様にオススメしたいお菓子があるんだよね? エルティーナ様も青年貴族ばかりの相手は、疲れると思って連れてきたよ」
(「……うっ。」)
今聞いたフルールの知らない用事。何かあるのだろうと推測し、誤魔化す為にエルティーナに笑って見せたところで、己を上回るキラキラした笑顔でこちらを見てくるエルティーナに軽く引く。
十九歳にもなって、殿方よりお菓子がいいのかしら…と残念な気持ちが溢れてしまう。
細い首筋。こぼれんばかりの綺麗な形の乳房。コルセットで締め上げられた細いウエストは、手を添えて引き寄せたいと思わせる。腰は優美に張っていて、シルクのドレスを緩く持ち上げており、その中身を暴きたい姿である…。
思わず唸る。エルティーナ様!! その武器は、殿方に見せて、酔わせて、はじめて、武器になる!!
のに…本人が…お菓子にキラキラ…だとは…三歳になる我が息子と同じレベル、残念すぎると撃沈。宝の持ち腐れだ…。
だいたい何故、お菓子。先ほどキャットを引きずっていった…アレン様に関係しているのだろうが。
殿方と引き剥がす理由がお菓子だなんで…エルティーナがそれで納得しても、周りのエルティーナへの品位の評価がさがる。
フルールは評価をし合い互いを蹴落とす女の園で、常に上位にその身を置いてきた実績がある。だからこそ詰めの甘い夫に怒りが湧いてくる。
(「キャットもまだまだね!!…後で…しめるの決定だわ」)
フルールのこの戦略を練れる思考は脱帽もの。流石、次期宰相候補キャットの妻だけある。見た目とのギャップがありすぎる末恐ろしい人であった。
「エルティーナ様。お菓子は、すぐ持ってこさせるわ。いつエルティーナ様がいらっしゃるか、わからないものでしたから下げていただいたのよ。
ごめんなさいね。
うふふふ。あっでも、こちらのクッキーもシナモンの香りが上品で美味ですわよ」
「はい! ありがとうございます。頂きますわ」
「ふふふっ」
誤魔化しながら、フルールは小声でキャットに指令をおくる。
(「あなた。ブランドや産地はこの際なんでもいいわ。チョコレートを持ってきてくださらないかしら」)
(「チョコレートだね…了解。…ごめんね、フルール」)
(「なんの事ですか。構わなくてよ」)
フルールは、優しく穏やかにキャットに微笑んだ。
「エルティーナ様。このクッキーのお味はいかがかしら?」
「美味しいです!! とても!!!」
「良かったわ。エルティーナ様、今日はブルッキャミア自慢のデザインドレスですわね。髪にも宝石…ダイヤモンドが編み込まれているわね。完璧です。
本当に素敵で…エルティーナ様ごとお持ち帰りしたいぐらいですわ」
淑女はまず褒める。褒める所がなくても、絶対に褒める。これはフルールの中での鉄則。それがフルールが常に社交界のトップクラスに君臨できる理由であった。
どんな人間でも的確に褒められて嫌と感じる人はいない。
「えっ? これが、ブルッキャミアのドレスなのですか…?」
知り合い(フルールとキャット)との会話に気が抜けているエルティーナは、両手で軽く眼下に広がるドレスの一部を持ち上げて、前かがみになりドレスに顔を近づける…。
レオンに言われた『そのドレスで、前かがみになるな』という忠告をまたも忘れていたエルティーナだった。
「なっ!?!?!?」フルールにとって、ここ最近ではトップクラスの衝撃だった!!
(「エ、エルティーナ様!!!! なんて格好を!!!」)
フルールは、ガツ。とエルティーナの顎を掴み思っきり上に持ち上げた。
あまりの衝撃的な出来事にエルティーナは、びっくり! の後…可愛いらしいブラウンの瞳が潤みはじめている。
(「何? バカなの、この子は???」)
柔らかそうな胸の、可愛らしい桃色の頂きが丸見え!!!
(「この子は!!!」)
怒鳴りたい気持ちをグッとこらえる。色々ハマったピースをおもい、肩をもつ相手はアレンだった。泣きたいのは、エルティーナではなく、十中八九アレン。
はじめて見る余裕のないアレン様。血相変えてキャットを連れて行ったアレン様の気持ちが胸に痛い…。
アレンのお気持ちに気付きもしないくせに、煽るだけ煽る。能天気もここまでくれば犯罪だと、フルールはエルティーナにさらに怒りをおぼえた。
「エルティーナ様! そのドレスで前かがみになるのは、およしになって。胸の頂きまで丸見えですから。
殿方をベッドに誘う為にワザとであればいいのですよ。
そうでなく、されていているのであれば、凌辱されても仕方ないですわ!!」
怒りをこめて、エルティーナに諭す。
分かっている…分かっている。何か…あるんだと。
メルタージュ家に嫁いでから…聞きたい事、疑問に思うこと、たくさん、たくさん、あった。アレン様の事は…とくに…。
ただ…キャットが、愛しいあの人が、「兄上の事については一切触れないでほしい…」と苦しそうに話すから、見ないフリをし知らないフリをして過ごしてきた。
可愛くて、憎たらして、でも…ほっとけなくて、抱きしめたくて、たまらないエルティーナ様…。
フルールは決してエルティーナ様とアレン様の事に口出しは出来ない。でも…二人が夫婦になってほしい。本当に…そう思っている。
決して言葉にできない思いを胸に、フルールは息を吐き怒りを鎮め、諭すようにエルティーナに遠回しに思いを伝える。
「怒鳴って悪かったわ。でもね、愛する殿方以外の人に見せちゃだめなの。分かった?」
フルールは、エルティーナのふっくらした甘い林檎のような頬を、軽くペシペシ叩いて微笑んでみせた。