ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

27話、エルティーナの目覚め


 ミダの部屋の中。明るい日差しが射し込む暖かい昼の時間帯には似つかわしくないエルティーナの哀しい懇願の声と涙は、彼らにとっては信じられなく。男達の時間は止まったまま…。
 その沈黙の中、静寂をきったのはアレンだった。

 アレンはエルティーナの頬に流れた涙を優しく拭うと、柔らかい拘束をやめ、左腕をエルティーナの身体に添うようにし、きつく抱きしめる。
 もう反対の手はエルティーナのふわふわの髪を頭ごと自分の肩口に抱き込んだ……。

 そうすると、強張っていたエルティーナの身体の力がゆっくりと抜けていき、また規則正しい寝息が聞こえるようになっていく。
 アレンはそこではじめて強く抱きしめていた腕を解き、もう一度柔らかく胸に抱きしめ直したのだ…。


 自らが文句なく美しいレオン。
 美術彫刻のような美しさをもつアレンにも、砂糖菓子のような優しい美しさをもつエルティーナにも、耐性があり。まず人に対して見惚れる…という珍事は過去一度も無かった。
 でも今、目の前で起こった光景には、声を出すことも息をすることも出来ず、魅入るしかなかった…。
 いつまでも、終わってほしくない…そう思わずにはいられない苦しみをともなう美しい光景だった……。


 コンコン。
 ドアのノックとともに「失礼致します!」と空気を破るソルドの明るい声が室内に木霊す。


「…? あの…どうかいたしましたか?」

 明らかにおかしい部屋の空気にソルドは戸惑う。
 側に一緒に来ていた料理人も、何処かお呼びではない空気に萎縮している。

「あっあぁ…大丈夫だ。気にしないでくれ。…料理は肉類でそちらに任す。とくに好き嫌いは……ないな?」
 レオンは最後にパトリック、フローレンスに問う。

「「はい。ございません」」
 二人は、レオンの言葉に即答する。もはや何を食べるか? など、どうでもよかった。

 パトリックもフローレンスも、今日一日で疑問や戸惑いが多すぎて、頭が破裂しそうであった…。
 ただ二人とも騎士である。どのような事が起こっても、今与えられている〝レオン殿下の護衛〟という任務以外に口を出す権利はない。

 だから…二人は、アレンとエルティーナの関係性の不思議さについて、徹底的な一言は言わなかった。
『何故、アレン様とエルティーナ様はご結婚されないのですか?』……と。嫌、言えなかったのだ。


 互いが互いを愛していて…。身分も釣り合う…。
 多少、年齢は離れているが見目が釣り合っている二人には関係ないはず…。
 二人の間に何のしがらみがあるのか?
 …何故………。


 レオンの注文の後、何も口を挟んでこなかったアレンが口を開いた。

「注文だが、チョコレートもお願いする」

 アレンの甘く低い声がソルドの、料理人の脳内に響く。
 意識を持っていかれるアレンの声は、ソルドの反応を鈍らせる。

「……あっ。いえ…申し訳ございません。チョコレートでございますか? かしこまりました。種類がございま……」

「全部だ」

 ソルドが皆まで言わずにアレンは言葉を発した。十一種すべての種類を聞く必要は無かったからだ。

「……十一種、全てでございますね。かしこまりました」

 ソルドと共に来た料理人は、一言も言葉を発さなかった。



 ソルドと料理人が礼をし、去っていった後…。やっと、エルティーナは目覚めたのだ…。

「…うぅ……ん…うぅ…いい…匂い…」

(「あれ……? 暖かいし…どうしてアレンの甘い匂いが?? あれ??
  どうして私、寝ていたのかしら?? 遊びにメルカに来て…防波堤壁画みて…からの記憶がない……うん??」)

 ぼぅ〜。


「エルティーナ様。おはようございます」

「……な!? な!? な!? ……いやぁぁぁぁぁ!?」
 部屋中にエルティーナの絶叫が響きわたる。


「!! あの!? 大丈夫でしょうか!?」扉の向こう側から必死なソルドの声が聞こえる。

「大丈夫だ! 気にするな」
 レオンは間髪入れずにソルドの声に応えた。

「エル!! 俺たちの耳を潰す気か!!」

 パトリックとフローレンスは、軽く魂が抜けている。
 しかしアレンは…至って普通である。流石だ。

「ふぇっ」エルティーナは今の状況に一杯一杯でブラウンの瞳は薄っすら涙の膜が…。

「エルティーナ様。驚かすつもりではなかったのです…申し訳ございません。大丈夫ですか?」

「…ええ…ごめんなさい。大きい声を出して…びっくりして…だって…起きたらアレンの顔があったし。なんか、こ、こんな格好だし。ふぃひぇ。
 お、降りるわ。本当にごめんなさい」

「エルティーナ様、起きてすぐ動かない方がいいです。落ち着くまで、しばらくこのままで」

(「う…アレンの甘い匂いに酔いそうだわ〜。お兄様…呆れてるし…。パトリックとフローレンスは目が合わないわ…。
 明らかにしっかりがっちりと、逸らされています…。気まずい…」)

 コンコン。

「………失礼致します」律儀にしばらく間を置いて ソルドは入ってきた。さっきの絶叫は何だろうと思っている不信感たっぷりの声である。

 エルティーナは初めてソルドに会う。ソルドと視線が合い、軽く見つめ合う二人。

 ソルドに思うエルティーナの第一印象は、まぁ! なんて可愛らしい人、だった。
 ゆるふわなブラウンの髪に同色の大きな瞳、鼻も口も小さく全体的に小ぶり。騎士ばかりを見て育ったエルティーナは、殿方でこれほど細くて可愛らしい人がいるのか? と疑問に思う。
(「まさか、女性? でも…ミダのスタッフはすべて男性だし…」)

 しばらく、エルティーナとソルドは見つめ合っていた…。

「…エル。人をガン見する癖をやめろ」

 レオンはエルティーナを見ていたので、ソルドもエルティーナを見ていたのは知らない。

「お兄様…ごめんなさい。えっと、……貴方に……失礼な態度をとってごめんなさい」

「いえ!こちらも同じように見つめてしまい、本当に申し訳ございません。…初めにお会いした時、人か人形か分からず…。
 本当に…本当に…美しい…ビスクドールがあるのだと思っていました。動いていらっしゃったので驚きました。
 度々の御無礼を申し訳ございません。私が不快でございましたら、担当を変えるよう責任者に伝えます」

「いえ、大丈夫です!!! 気になさらないでください。それにビスクドールだなんて、褒めすぎです。もう…ミダのスタッフさんは噂通りです。きゃっ」

(「おい、それよりも…エルは、いつまでアレンの膝の上にいる気か?…赤ん坊決定だな」)
 レオンは、最早突っ込む事もしなくなった…。


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