ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

30話、アレンの覚悟


「エル。今からどうする? もう少し街を散策してもいいし。王宮に帰ってもいい。好きな方を選べ」

「はい。……では、もう王宮に戻ります。たくさん遊びましたし。今から王宮に戻っても、戻った頃には日が落ちているのでないでしょうか」

「決まりだな」

「レオン様。私は馬をとってまいります」

 すかさず動こうとするフローレンスを制す。

「嫌…馬を預けている所は少し先だ。近くまで一緒に行こう」

「かしこまりました」フローレンスはレオンの言う通りに返事をかえした。そして、五人で歩き出す。


 本当にメルカは、綺麗な街並みであった。区画整理がされた遊歩道は、ただ歩いているだけで楽しめる。
 路面には所々にデザインされた石板が埋まっていて、見つけると晴れやかな気分になる。そんな小さな遊び心がメルカが平和である象徴となっていた。
 王宮では聞く事のない、人々の笑い声や小さな子供の泣き声など。

 エルティーナは向かいから歩いて来る家族に目をとめる。
 父親と母親に手を繋がれ、無邪気に笑っている男の子。
 そんな親子を見てエルティーナは思う…。

 母親になるのか?…なりたいとは思う。
 エルティーナの年齢では皆が、当たり前に嫁ぎ、何人もの子供がいるのが普通。
 自分に子供は出来るのか。フリゲルン伯爵家には、レイモンド様以外血胤はいないと聞く。はたして後継ぎを残せるのか。
 エルティーナの胸は不安でいっぱいになる…。

(「レイモンド様がもう後継ぎがいる方だったら良かったのに…」)

 ふとそう思い…。レイモンドの人となりを思い出し、やはり…何かが引っかかる。

 レイモンドはエルティーナに対して距離が近かった。好意のあらわれか? でも違うのだ。決定的に何かが違う。

 エルティーナは甘やかされて育てられた為、考え方も甘いが、人の機微を読む事には恐ろしく長けていた。

 お母様に「レイモンド・フリゲルン伯爵とは恋人どうしみたいだったのね」と聞いて、とっさに違うと思った。

 短い時間しか一緒に居なかったが…分かる。他の殿方と違う点…レイモンドはエルティーナを女として見ていない…?……。
 結婚の意思はあっても女として見ない?? そんな事があるのだろうか。

 一度疑問に思うと、あの舞踏会、全てがおかしかったように感じる。

 あの舞踏会の日は、レイモンドよりアレンの方が恐かった……いつもと違うアレンが恐かった…。
 アレンがエルティーナに何かしよう、と思うはずは無いと分かっているが、あの日は…レイモンドの方が安心だと思ってしまった。
 近々にレイモンドとは会う事になるだろうし、真相は解明される。

 そんな結論を出し、エルティーナは考えるのを止めた。

 そして、隣を歩くアレンを見上げる。エルティーナの視線に気づいたアレンは、優しく微笑み返してくれる。

(「…うん。やっぱり安心感がある。いつものアレンだ。
 あの日、あの舞踏会だけは違った気がするわ……夢を見ていたのかしら、そうに違いない」)



「あらぁぁ。アレンじゃない!?」

 エルティーナ達の背後から、可愛らしいソプラノの声が聞こえた。

(「誰…?」)

 エルティーナ達は声の方へ振り返る。
 振り返った先には麗しく妖艶な女性が手を腰にあて立っていた。

 ピッタリとしたラインのドレスは豊満な身体を主張していて、まだ日は傾いていないはずだが、そこはもう夜の雰囲気があり、生々しい色香が漂っていた。

 美しいソプラノボイスがもう一度アレンを呼ぶ。

「アレン。お久しぶりじゃない。こんな昼間から街で何をしているの?
 この時間はどこもお店は閉まっているわよ。お姉様に店を早く開けてもらうから、寄っていく?」

 妖艶な女性の言葉に全員が無言…。


 誰も話さない。夜に開いているお店って、うん。〝そういう事〟をするお店だ……。エルティーナは知らないフリをした方がいいだろう。
 アレンはいつも行っている……らしい。心底 羨ましい。
 確かにアレンと寝れるなら、営業時間外でも大丈夫!! って事。凄い、流石アレンだ。正直な気持ちとしては腹がたつ。
 いつまでも続く沈黙…は……エルティーナがいるからだろう。
 本当は行ってほしくない……けれどもエルティーナは大人にならなくてはいけない。覚悟を決めるしかない。


「お姉様、こんにちは! はじめまして。私はエルティーナと申します。今から帰る所です」

「えっ!?……と……そう…なの」

(「妖艶なお姉様、焦ってるわ……私の事は、見えてなかったのね……。
 うん。今のアレンもお兄様も雰囲気が恐いわね。この手の話は、私の前では禁句なの…」)

 エルティーナは心の中で再度「ごめんなさい」と妖艶なお姉様に謝る。

 出来るだけ明るく、少し馬鹿な子のフリで…知らないフリで……エルティーナは自身に何度も何度も言い聞かせた…。

「はい。もう帰るだけです。ねぇアレン、お姉様に会うのは久しぶりなんでしょう?
 お店、行ってきたらどうかしら? 私、帰りはお兄様に乗せて貰うから。ねえ! お兄様!!」

 兄に満面の笑みで提案してみる。

(「…だって、アレンには少しでもいい子だって思われたいし!! 喜ぶ顔が見たいしね!!」)


「あっ。そう…だな……。アレン。エルは俺が連れて帰るから、行ってくるといい。
 護衛もパトリックとフローレンスがいるから大丈夫だ」

「…………はぃ…」

 アレンの返事は、ほとんど聴き取れないほどの小さい声だった。
 うん?? 嬉しくないのか…? エルティーナに気を使っているのか?
 寂しいが『いい事した! 』と自らを励ます。寂しい気持ち、嫉妬心、それを上回る心の一番は〝羨ましい〟だった…。

(「あぁぁぁぁぁ。羨ましいな!!! 私がせめて、初めて…とかじゃなかったら、相手してくれるのかな………考えても仕方ないし。帰ろ」)

 アレンの女性関係を詮索しても悲しいだけ。エルティーナの容姿はもともとアレンの好みではない。
 今までの噂の恋人の誰一人も、エルティーナと似通った人がいない。いっそ見事と言えよう。
 髪の色、瞳の色、体型、身長、声の高さ、何一つかぶっていない。早い話がアレンにとってエルティーナは、アウトオブ眼中なのだ。
 それはこの七年間でしっかり理解できていた。


「お兄様。暗くなるまでに帰りたいわ」

「分かった。行こう」

 エルティーナは、アレンを振り返る事もなくレオンとパトリック、フローレンスと歩いて行く。



「……アレン…あの、ごめんなさい。……まさかお姫様も一緒だとは思わなかったのよ……怒ってるわ…よね………」

「…いや…もういい」

 エルティーナの言動はアレンにはひどく堪えた。エルティーナの異性の好みが小さく可愛らしい男と理解したが、嫉妬もなくまるで興味がない様が苦しい。
 アレンには病があって。エルティーナと先の関係になれないのは百も承知。
 だがもし万が一、エルティーナがアレンを望んでくれたなら、いつかエルティーナの心がこちらを向いたら。
 そんな未来があればアレンは、先に進む事をためらわなかったかもしれない。しかし七年間一緒に過ごし、只の一度もエルティーナから女を感じた事がない。
 女がたまに男も混じるが、アレンを見る目は総じて同じ。色欲を隠しもしない〝あの目〟すぐにでも股を開こうとする女達を汚物のように見てやる。しかしそれさえも快感なのか皆が嬉しそうにしていた。
 エルティーナ以外の人間はアレンに必要ない。

 穢れを知らないエルティーナも、男女の先を知るのだ。先日の舞踏会でフリゲルン伯爵との話が進むのはほぼ確定。だが…アレンはまだ諦めきれない気持ちがあった。

 綺麗事を並べても、本心ではエルティーナから『愛してるわ。アレンだけなの、結婚して』と言われたかったのだろう。それをまだ望む己に笑えてならなかった。

 離れたいのに…離れられない。
 抱きたいのに…抱けない。
 男として見てもらいたいのに…見てもらいたくない。
 自分自身の矛盾する心に笑いが止まらない。

(「エル様の中では決定的でも、私はまだ足掻こうとしていた。貴女との未来を…。
 嫌がる貴女を押さえつけて、事に及ぶのは簡単だ。でも私は一時の快楽ではなく、命終る最期の時まで貴女の側にいたい。
 貴女が嫌悪し、いやがる行為は旦那になる人がすればいい。
 私はエル様の一番でいたい。誰よりも何よりも一番を望む。旦那よりも、レオンよりも、王や王妃よりも、だから決して先には進めない…」)

 拳を握りしめ、心に楔を打ち込み鎖で締め上げる。間違った思いがこれ以上溢れないように…。

(「側にいる為に…覚悟を決める日も近いか…」)


「ミラー……店に行く。ソルジェに聞きたい事がある」

「…お姉様に聞きたい事? …分かったわ」

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