ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』
36話、騎士団演出場
大好きな人に、自分が太っている宣言をしなくてはいけない日がくるとは… 情けなくなる……。赤ちゃん扱い〜と言いながらアレンに甘えた罰だろう。
意気消沈しながらも、脳内はアレンの実態を冷静に分析する。
アレンの好みのタイプは、黒髪華奢のスレンダー美人が多かった気がする。となればアレンからするとエルティーナは、まったくこれっぽっちもタイプの範疇にないのだ。エルティーナも頑張っているが、多少痩せても一般的より太く余計に胸とお尻が大きく見えるだけという矛盾に陥る。
アレンは紳士で優しいから、きっと「エルティーナ様は太っておりません。重くはないです」
と言ってくれるだろう……でもエルティーナはあの時、絶対に、その言葉を聞きたくなかった。大好きな人に慰められるほど悔しい事はない。
だんだん悔しくなってきたエルティーナは、拳を握りしめ天井を見つめる。
アレンの発言は止めて正解。でないと力一杯叫んでしまう。
『貴方はスレンダーな人が好きじゃない!!そんな恋人ばかりじゃない!!!』
そう 言ってしまう。先程もアレンは何か…言いたそうだった。だが慰めの言葉はいらない。
寂しくなりながらも、レイモンドとの会話をふと思い出す。
(「レイモンド様は、大きな胸がお好きだといってたし…まぁ…いっか」)
「…ナシル 少し眠ってもいいかしら、疲れてしまって…。ドレスもパニエだけ取ってこのまま寝るわ」
「かしこまりました。夕食前にお声をお掛け致します。それまでゆっくりお休みくださいませ」
「ありがとう、ナシル」
エルティーナはベッドに倒れこむ………。柔らかく日差しを浴びる薄いピンクに色づいた天蓋を見て思う。
もっと華奢な体型だったら、こんな色が似合うのだろうな…と。自分に合う色は毒々しい赤、紫、黒、青…唯一スカイブルーはお気に入り。
隣国バスメールのカターナ王女なら、淡い色合いのドレスがお似合いになるだろうと想像し、胸に痛みがはしる。
舞踏会で踊るアレンとカターナ王女の姿はとても美しくお似合いだった……大変悔しいが。
しばらく悶々とした後。眼下に盛り上がる自分の胸を見て「削りたいわ。これ」とエルティーナは思わず呟いた。
(「………………ダメ、無理寝られない。なんか、腹が立ってきて…怒……」)
エルティーナはガバッと上体を起こし、悪態をつく。
「だいたい、アレンは頭が固いのよ。普通、女の人と接触したら、どさくさに紛れて胸を掴んで見るとか、身体に押し付けてみるとか、色々してもいいのでは??
事故に見せかけて口付けしてみたり。減るものじゃないし! 味見くらい大丈夫なのに!!」
アレンに関しては、あまりに無さ過ぎる。最近された抱っこでさえ、極力触れないようにするし…今だに……素手の時は触ってこない。
「ええっ!? 私はバイ菌か!? 毒物か!? 本当に、失礼しちゃうわ!! アレンの馬鹿馬鹿馬鹿!!」
怒りがエルティーナの気を大きくする。
「よしっ 抜け出そう。確か ここの隠し扉からは庭園に出られた…ような。暗くなるまでに帰ってきたらナシル達にもバレないし! 気分転換よ!」
(「なんか、楽しくなってきたぞ〜」)
エルティーナは皆の肝を冷やす遊びを考えていた同じ時刻。
アレンは、半ば強引に部屋から追い出された。
(「全く弁解もさせて貰えず…。ジュダ様の所為で…怒りしか湧かない」)
夜までエルティーナを見れない事に落ち込みつつ、仕方なく見習い騎士の実技演習に付き合うべく、アレンは騎士団の演習場に足を向けていた。
(「エル様の自己評価の低さはどうしてだろうか。エル様ほど、スタイルが良い女性はいない」)
小さな顎の可愛らしい顔に、綿菓子のように甘く淡いふわふわと広がる金色の髪。折れそうに細いウエストに、細く長い腕や足に不釣り合いな豊かな胸と腰。
どう贔屓目に見ても〝男〟の理想そのものだと思う。実の兄や父が堪らず口に出してしまうほど、魅力的な見目なのだ。
本当に…あれほど美しく成長しなければ良かったのに…と思わずにはいられない。
そうすれば誰もエルティーナを見ない。アレンだけのエルティーナだった。そこまで思う己に引いた。
「それにしても……自分で思うのもあれだが、私の思考は粘着質で執拗で少し…恐いな…」
騎士団演習場。王宮の西側に存在する。
崖を切り開いて作った為、半円の闘技場になっている。近くには、闘技場と同じくらいの面積をほこる厩舎があり、ボルタージュの軍馬の種付けや飼育など、全てがここで行われている。そして関係者以外無断で入ることが許されない神聖な場所でもあった。
「やめっ!!! 今から少し休憩とする」
パトリックの声が闘技場に響き渡る。その声を聞き、年若い騎士見習いの青年達は一度剣をおさめる。
今、この場には青年騎士しかいない。これは当然で、女性騎士は普段男性騎士とは演習を共にする事がない為、関わりはない。
しかし王太子妃エリザベスは男装して紛れ込んでいた為、レオンと出会い恋に落ちる事になるのだ。それは騎士達の中では伝説になっていた。
まだ若い青年達が、夢物語を語るのも仕方がなかった。
「あぁぁぁぁーーー 王太子妃エリザベス様みたいな方はいないかなぁ〜」
見習い騎士ルドックは、いきなり呟いた。その呟きを聞いたホムールは、不思議に思い問う。
「ルドックは、エリザベス様みたいな方がタイプなのか?」
「まさか……叩きのめされるのは…趣味じゃないよ。そうじゃなくて、運命的な出会いが欲しいって事。エリザベス様の伝説はすごいじゃん、エリザベス様のは例えばの話だよ。騎士にはなりたいけど女の子とも遊びたいだろ。できれば極上の女の子とかさ」
へらへら笑いながら、己の願望を隠さず話すルドックにパトリックは肩を落とす。
「はぁ〜。その考えこそが、お前がたるんでいる証拠だな……情けない…剣の腕がいいだけに勿体無いな……。騎士の精神をもっと磨け……ルドック」
「パトリック様は、レオン殿下とエリザベス様を見てこられてますよね? 劇的な運命の出会いとか信じないのですか?」
「……さぁな」
ルドックの話に相槌を打ちながら、パトリックは運命の出会いを否定する。
(「運命の出会いに、俺は出会いたくない…」)
運命の出会いを果たして、必ずしもその相手と結ばれるとは限らないからだ。それは現実にいた。アレンとエルティーナのように…。
己の魂の半身に会えて、その半身は自分ではない誰かのものになる未来、現実的にパトリックには耐えられない…。アレンのような愛し方は出来ない、絶対に。
「ルドックのいう。運命の出会いというと……エルティーナ様と恋に落ちる。とかか?」
「ぶっ!!」淡々としたホムールの台詞にパトリックは吹き出す。
「パトリック様、汚いですから…つばを吐くなら、あっちを向いてください……。
う〜ん! そうだな! ホムールのいう通り、エルティーナ様となら恋に落ちてみたいな。ちらっとしか見た事がないけど、まじで天使みたいだったし。彼女となら恋に落ちてみたい。
王女様と騎士だなんて、それこそ女の子が好きな恋物語みたいじゃんか」
「そうだな 恋物語だな 。だがしかし思うだけ無断だ、ルドック」
「なんだよ。ホムールが言い出したんだろ」
「お前は、重大な事を忘れている。エルティーナ様にはもれなくレオン殿下とエリザベス様が付いてくる。
恋敵になろうと分かるのはアレン様だ。まったくお前に勝ち目がない。家柄、容姿、財産、身体能力、頭脳、全てにおいてアレン様を上回るものはお前にはない」
「うるせーよ。本当にお前は冗談が通じない奴だな。俺はまじで言ってないの、妄想して楽しんでるの。
エルティーナ様のあの大きな胸に顔を埋めてみたいなぁ〜 って妄想くらいいいじゃんか。そうですよね? パトリック様!!」
目の前にいる、指導者であり大先輩のパトリックにルドックは話しかける。が返事がないので剣の手入れを中断し、パトリックの方を見る。と……凍っていた……?。何故??
ルドックが疑問から目をパチパチさせた所で、冷気が……!? 寒い……!?
日陰になるばすのない場所に座っている自分が影になる。
「うん!?」とルドックが思った時には、胸ぐらを掴まれて足が宙に浮いていた。
ルドックの顔の前には、ツリィバ神のごとき硬質な美貌のアレンが、神経を凍らす無表情でいた。
「ア、…ア…レン…様……!?」
「生温い妄想ができるほど力が有り余っているのなら、私が相手をしよう」
周りを凍らす冷気が堪らない。エルティーナに話すアレンの声は甘く腰にくる美声だが、今やその美声は欠片もない。皆の心臓が凍っていく。
明日、立てなくなるまでアレンに叩きのめされるだろうルドックにパトリックは心の中で「頑張れ!」とエールを送る。
(「エルティーナ様に関してアレン様は、絶対に冗談が通じない。
あのレオン様に対しても容赦がない方だからな。手加減なく腕を捻り上げられたり、足の指の骨が折れるくらい踏む。恐い。本当に恐い」)
パトリックのアレンのイメージは、ツリィバ神の如く冷酷無比なのだ。
これ以上、アレンを視界に入れていたらパトリック自身の心臓が凍りそうなので、視線を外し演習に戻ろうとしたが……年若い青年騎士は……。
アレンの冷気にあてられ立ったまま失神しているもの、恐くて魂が抜けているもの、まるで演習にならない状態だった。
「あのアレン様にまだ話せる余裕があるルドックはやはり…大物だ」とパトリックはしみじみ思った。