ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

42話、晩餐会の出会い、ラズラ様と


「エル、グラハの間で食事だが、形式は立食だからな。疲れたら遠慮せず椅子に座れ。飲み物や食べ物も給仕に言うか、まぁアレンに言ったらいい、嬉々として持ってきてくれるだろうよ」

「お兄様、 晩餐はアレンも一緒なの?」

「あれ。言ってなかったか?」

「聞いていないが…」

「うっ… アレン怒るな、睨むな! 話したと思っていたんだ。ほら、お前はいつ式典に出ても大丈夫なほど完璧に軍服を着ているし。さっきシャワーも浴びてただろ問題ない」

「シャワー? アレン、お昼にシャワーを浴びていたの? 何故??」

 エルティーナは、右隣を歩くアレンに首をかしげながら尋ねる。
 まさかエルティーナ様に嫌がられたくないから毎度シャワーを浴びてから貴女に会ってるとは言えず……アレンは口籠る。

 しばらく間があき、エルティーナが「あっ!?」と口にした後。顔から首に至るまで、すべてが真っ赤に染まる。


「な、何でもないわ!! 聞いてごめんなさい!!」

 真っ赤になってアワアワしているエルティーナを見て、レオンは唖然。アレンは絶句。

 今の会話でエルティーナが何を想像したか分かる、分かるが。

 えっ!? エルティーナが〝そう〟思う事にまず驚く。
 いったい何処まで想像したのかは分からないが、茹ってしまうのではないか? と思うくらい真っ赤なエルティーナを見たら何処までの想像か…だいたい分かる。

 エルティーナは自分の間抜けさが悔しかった。アレンになんて事を聞くのか。 恥ずかしいし、変態みたいだ。軽いこの口を縫ってしまいたかった。
 昼間にシャワーを浴びる理由は、間違いなく男女で営なむ性行為だろう。お子様思考の自分が憎い。


「エルティーナ様」

「ぅはぁい!!」

 突然アレンに名を呼ばれ、エルティーナはしまりのない変な返事を返した。

 アレンは 冷静に 冷静に…と自分に言い聞かせた。出来るだけ普通を装い、エルティーナに声をかける。
 この誤解はアレンにとって、冗談ではすまなかった。

「今朝、エルティーナ様と別れた後。私は騎士の演習場に行っておりました。この季節は騎士見習いが増える時期ですので、訓練も兼ねての視察です。
 何人もの騎士見習いと手合わせをした為、少し汗をかきました。
 そのままでエルティーナ様に会うのは失礼かと思いましたので、シャワーで身を清めていたのです」

 いつもの甘く麗しい声だが、かなり爽やかに清々しく聞こえる? ……何故?。エルティーナは若干不思議に思いながらも、自分の恥ずかし勘違いにさらに赤くなる。それにしても、失礼な勘違いである。

 そういうつもりでは言ってはない。言ってはないが……エルティーナはアレンに「貴方、真っ昼間から恋人といちゃいちゃしてたのですか? びっくりだわ!」
 と言ったのも同じ………だと自分でも分かる。例えそうだったとしても、知らないフリするのが大人である。エルティーナは自分の間抜けさが悲しかった。


「…アレン…ごめんなさい。失礼な勘違いをして…」

「いえ、大丈夫です。あと エルティーナ様。私に恋人はおりませんよ。生まれてこの方、いた事はございません」

「…? (うん? 今はいないって事かな? )そう…なの?」

「はい。そうです」


 不思議そうに尋ねるエルティーナに、爽やかに断言するアレンを見て、レオンは突っ込まずにはおられない。

(「ハァァァァ!? そんなわけないだろ!!
 エル、お前の頭の中はカラカラか!? アレンほどの美男に恋人がいないわけないだろ!? …いやまぁ…遊ぶ女と本気の恋人は違うといえば違うのか? 今まで特別な女性はいないという意味なら当たりなのか………?
 駄目だ分からん!!! しかし、こいつらの、おままごとみたいな会話はなんだ!? エル!! それでいいのか!? お前はまず、アレンに疑いをもて!!」)

 レオンの脳内で繰り広げられている必死の突っ込みは、聞こえないのでスルー。
 気分がいいのか、にこにこ笑いながら食べ物の感想を述べている。


「どんな、食事かなっ。果汁たっぷりの飲み物が飲みたいわ。チョコレートはあるかしら?」

(「…うぅぅぅ…エルのグラマラスな見た目とお子様思考の中身とのギャップが、相変わらず凄まじいな……」)

「エルティーナ様。いきなり固形物は胃を痛めますので、少し甘めの果実酒を先にお持ちいたします」

「ありがとう。アレン!!」


 過保護な会話を聞きながら、レオンは自身の息子である、四歳のクルトと三歳のメフィスより、何倍もエルの方が心配だと思っていた…。
 男と女では感じ方が違うのか?? と不思議に思う。エルティーナを見て…あまり娘は欲しくないなと思うレオンだった。


 長く続く回廊を、柔らかな風を肌に感じながら歩く。石造りの巨大な柱は、綺麗なアーチ状に並んでいる。その美しい円柱の柱は、エルティーナが腕を目一杯広げても半分もつかめないほどの大きさだ。

 王族であるエルティーナが住む居住区とは少し離れているグラハの間。
 回廊の奥に位置するグラハの間の前に、人がいた。

(「グリケット叔父様? …とスチラ国の王女ラズラ様?? 」)

 不思議な組み合わせにエルティーナが「うん?」と首をかしげた時、向こうの二人もこちらに気づく。

 まずは挨拶をしなければ、と思いエルティーナが腰を折ろうとした瞬間。ラズラが凄いスピードで走り寄ってきた…と思うと。

 無言でエルティーナの胸を鷲掴み、そして揉み出した。
 それが、渾身の力で掴んでいて痛いのだ。もともとかなりウエストが細いエルティーナはコルセットを普段していない。だから、ほぼ生なのだ。あまりの痛さに思わず泣き声がでてしまう。

「ふぇっ」

 エルティーナの声で、両サイドで固まっていたレオンがラズラを、アレンがエルティーナを引き剥がす。
 痛くてエルティーナの瞳からは涙がポツリ。

 傷ついてないか、触って確かめる事ができないし。この状況が全く理解できず、アレンもかなり動揺していて。エルティーナ様という呼び名をエル様と呼んでいるのに、本人が気づいていないほどだった。


「エル様! ! 大丈夫ですか!? 大丈夫ですか!? 痛みますか!? エル様!?」

 エルティーナも驚きと痛みに気が動転していて真正面からアレンに抱きつく。
 無意識だが、胸を隠すのには抱きつくのが一番。この場でエルティーナが安心できるのがアレンなのだ。

 若干安心すると、人は涙が止まらない…。アレンにしがみつきながらエルティーナは泣きじゃくる。
 騒然とする場に、なんとも雰囲気に適さない声が響く。


「あっ。ごめんなさい!! ごめんなさい!! わざとじゃないのよ。まさかコルセットをしていないとは思ってなくて。渾身の力で揉んでしまったわ!! 許してくださいませ」

 そして、なんとも簡単な謝礼だ。

「……僕からも謝るよ。すまないな、エルティーナ って聞こえてないか……」

 おっとりとした、グリケットの声が入ってくる。


「ラズラ様。これはどういう事だ? 話によっては只ではすまないぞ」

 怒りたっぷりのレオンの声が周囲に響く。

「まぁまぁ そうカリカリするな、レオン。エルティーナも泣くな泣くな。化粧が落ちるぞ。大丈夫か、僕がみてあげようか?」

 グリケットの言葉と声はまた一段と空気に適さない。
 泣き止みつつあったエルティーナは、グリケットを見つめ キッと睨む。そして今以上にアレンにくっ付く。

 先ほどは、かなり動揺していた為気にならなかったが、少し落ち着いた今。
 真正面からからエルティーナの柔らかい身体…というか胸が隙間なくピッタリと自身の身体に押し付けられていて、アレンは違う意味でそれどころではなかった。


(「あ、頭がおかしくなりそうだし、これ以上は無理だ、股間が反応しつつある」)

 アレンは、エルティーナを引き剥がし、腕に抱き上げる。
 最悪がっつり勃起しても、それをエルティーナにばれなければいい。正面からの密着は一刻も早くやめたかった。

 エルティーナの身体がふわっと持ち上がり、目線がかなり高くなった。
 アレンと顔が近くなるのが恥ずかしくて、エルティーナは少しアレンと離れた。
 抱き上げる事で最悪の事態は回避できたわけだが……。



「叔父様…嫌い…変態みたいで……嫌…」

「ふふふ 嫌われましたわね。グリケット様」

「どちらかというと、貴女の方が嫌われているかな」

 なんとも穏やかなグリケットとラズラの会話。真剣に怒っているこちらが馬鹿みたいな気分になる。
 グリケットは、もともと好々爺な雰囲気である為、変に気が抜けるのだ。

「エルティーナ様、先ほどは申し訳ございません、改めまして。
 はじめまして。私、スチラ国の第一王女ラズラと申します」

 ラズラのいきなり堂に入ったもの言いにエルティーナは我が目を疑う。だがエルティーナも王女だ。アレンに下ろしてと言い。ラズラの前に出る。

「はじめまして。私、エルティーナ・ボルタージュと申します。どうぞ、エルティーナとお呼び下さいませ」

 そして二人は微笑み合う。

「さっきは、驚かせて本当にごめんなさい。エルティーナがあまりに可愛いくて、天使みたいで、ふわっふわっで、思わず触れたくなってしまったの。許して下さいませ」

 女性にあまり褒められた経験がないエルティーナは舞い上がる。

 当然…アレンを従えて、レオンにベタベタしているエルティーナに女性の友人ができるわけもなく…。それも、ラズラは同じ王女だ。エルティーナの心はすでにメロメロでゆるゆるだった。

「はい。気にしておりません。大丈夫です! 褒めてくださり。あ、ありがとうございます!」

「私達、友達よね」

「と、友達? ですか?」

「嫌かしら??」

「そんな、う、嬉しいです!! 嬉しいですわ!!」

「ふふ。ねぇエルティーナ。お友達になったから、貴女の胸を触りたいわ。優しく触るから、痛くしないから、駄目?」

 なんとも、座った根性である。普通なら断るはず…だが友達という魅力的な言葉にエルティーナは今の異常な状況が理解出来ず。「はい、駄目ではないです。大丈夫です」と答えるのだった。

 硬直する男三人を無視し。ラズラは「では」とエルティーナの胸に手を添える。

 今度は柔らかく優しく、弾力を確かめながら…楽しげに胸を揉む。

「っふぁんっ…ぁっ、ぁあんっ…」

 そこで、エルティーナの口から艶かしい声が出てしまう。仕方がないし、悪気はないのだ。ラズラと目が合い微笑み合う。するとグリケットが二人に声をかける。


「さぁさ。二人ともグラハの間に入ろうか」

「ええ、グリケット様」

「はい。うん? アレンとお兄様は??」


「……二人は男の事情があって、今は無理だよ。後からくるから先に入ろう」

「???」

 ラズラ様は笑いを堪えるのに必死…いや堪えきれてない。グリケット叔父様は苦笑い。
 エルティーナには全く理解出来ないが、グリケットがエルティーナの背中を強く押してグラハの間に押し込もうとするから、従うしかない。

「なんなのよ! いったい!」

 とエルティーナはプリプリして和やかな空気が辺り一面漂っているが、アレンとレオンは最早それどころではなかった。
 股間を押さえながら蹲る姿は、神がかった美男であっても残念でしかなかった。


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