ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

44話、副団長キメルダとアレン

「あぁーーエル!!」

 可愛らしい声と共に突っ走ってくる、金色の塊。

「エル!!」

「クルト!!」

 エルティーナも負けずに走り寄る。そして腕を広げて、金色の塊を抱きしめる為に少し腰をおとす。

 バフンッ。とエルティーナの柔らかい胸をクッションにして身体全体を使い金色の塊は飛び込んできた。
 クルトは、ふわふわの金髪にエメラルドの瞳。レオンの息子でこのボルタージュ王国を支える事になる未来の王である。

「クルト! 久しぶりね。元気だった?」

「元気だよ。エルは?」

「もちろん元気!!」

「こらっ。クルト、あまりエルティーナにくっつくな。挨拶はしたか?」

 溌剌としたエリザベスの声にクルトもエルティーナもハッとなり、二人して一度離れる。それからエルティーナはドレスを軽く持ち上げ軽く腰を折る。

「お目にかかれて光栄です。クルト様」

「こちらこそ、お会いできて嬉しいです。エルティーナ姫」

 そう言い合いと、クルトはエルティーナの手をとり、ピンクに色づく自身の小さな唇をエルティーナの手の甲にそっとおとす。
 まだ四歳のクルトが、紳士顔負けの仕草をした。まさかの展開にエルティーナの顔が赤く染まる。

 クルトからは、可愛らしく挨拶をしてくれると思っていたので、想像していなかったこの展開に…エルティーナは言葉を失う。
 これを近くで見ていたエリザベスは、眉間に皺をよせ「クルト…の将来が心配だな…」と小さな声でつぶやいていた。

 エルティーナはドキドキと高鳴る胸に手を置きクルトを見下ろす。クルトはエルティーナを見上げていて。その瞳にはなぜか〝色気〟があり……。流石、レオンとエリザベスの子だと納得させられる。四歳にしてすでに立派な色男の素質ありであった。


「エル。向こうに座ろう、疲れたし。あちらの長椅子でメフィスが寝てるんだ、見に行こう」

「まぁ、メフィスがいないと思ったら寝ているのね。可愛らしい寝顔ね、きっと」

「メフィスより、僕の方が寝顔は可愛いよ。一緒に寝てくれるなら、エルにもみせてあげるよ」

「もう、クルトったら」

 クルトとエルティーナの新婚のような会話が繰り広げられている側には、エルティーナの所為で少し遅れてグラハの間に入ったレオンと、軍服に身を包んだエリザベスが二人で並んで会話を聞いていた。

「おい、あれはいいのか?」呆れ気味にレオンは、エリザベスの顔を見る。

「いいも何もない。気になるならお前が注意しろ。どう考えてもお前の遺伝子のなせる技だからな」

「…エリザベス…剣のある言い方だな…」

「そうか」エリザベスはクールに答えた。

「レオン。なんで遅れて来た? それに、いつもはエルティーナにべったりなのに、あまり顔を合わせてないな。
 アレンも何故かエルティーナの側にいない……。まぁいい、たっぷり夜に聞かせてもらう」

 先ほどの事……。エリザベスに話たら、しばかれそうだなぁと。レオンは今から訪れる数時間後の夜がひたすら恐かった………。



「アレン、久しぶりだな」

「お久しぶりです。キメルダ副団長」

「少し、離れて飲まないか? 色々聞きたい事もあるしな。エルティーナ様は……近くにレオン様とエリザベス様がいるから、護衛する必要もないだろう」

「…はい」

「暗いな…」

 キメルダは、テーブルにあるワインをアレンに一つ渡し、壁際に移動した。

 グラハの間は王族専用の食事所だ。毎日の食事をする場所なだけあり、派手さはなくシンプルなデザインで統一されている。
 顔料を何も混ぜない白漆喰の壁は、漆喰の本来の白さを活かした優しい色あいになっている。

 キメルダは背を壁に付け楽な姿勢になる。アレンもキメルダに習い背を壁に預け、グラハの間に目を向けた。

「ここからは、グラハの間の全てがよく見えるな」

「…そうですね」

「ここの産地のワインはなかなか美味であまり市場に回らない逸品だ。普通に置いているあたり、内輪の立食晩餐会と言っても流石王族だな。私には眩しいよ」

「確かに、飲みやすく美味しいワインです」

 アレンはワイングラスを軽く口につけ、香りを感じながら少し口に含む……。


「ただ、ワインを飲む姿もお前は絵になるな。聞かれても困るだろうが、何故そんなに美しいんだ? と問いたくなるよ」

 アレンは、キメルダの方に目を向け「そうですか」となんとも素っ気ない言葉を口にした。

「今日、久々に騎士演習場に顔を出したそうだな。パトリックと交代する為に演習場へ行ったら、普段ではお目にかからない光景が広がっていた。誰一人立っていなかったし、あのルドックが全く動けない程とは…笑わしてもらった」

 キメルダの声を聞きながらも、アレンの瞳の中には、遠くにいるエルティーナしか映していなかった。

「……アレン。本当にいいのか??」

 キメルダの声がアレンを現実に引き戻す。

 キメルダとは、取り留めのない会話をしていたはず…しかし今一瞬で二人の周りの空気が変わった。

 騎士である二人には、空気を支配するすべを持っている。キメルダは剣の腕では、もちろんアレンには敵わない。だが、長く生きた人生の道の先駆者としては、アレンよりかなり上であるキメルダ。
 静かに諭す様に話す雰囲気は、アレンの先程のような気持ちのない返事はするなよ。という無言の命令が読み取れた……。


「……副団長…いいのか。という意味が申し訳ないですが、理解できません」

「この間、ソルジェに呼び出されてな。エクリチュール(娼館)に行ってきた。そこで、ソルジェにお前の事を聞いた」

「……もう決めた事です」

「お前の愛は重いな。そうまでしてエルティーナ様の側にいたいのか。確かに天使のように美しいし、可愛らしい方だ、しかし本当にそれだけだ。
 レオン様のように王の器があるわけでも、エリザベス様のように王を支える人でもない。何かが突起してできるわけでもない。良くも悪くも本当に普通の王女様だ。厳しい事を言うようだが、この国にとってエルティーナ様はいてもいなくてもいい存在だ。
 だがお前は違う。騎士としても、頭脳としても王の右腕になり得る存在だ。子孫を残し、国を支える未来を何故選ばない?」

 苛立ちが含まれたキメルダの言葉にも、エルティーナしか映らないアレンの心には何も響かなかった。
 降嫁すると決定しているエルティーナ。最早アレンの想いは隠す必要もなく、堂々と気持ちをキメルダに打ち明ける。

「副団長、私にとってエルティーナ様が全てです。この気持ちを分かってもらおうとは思いません。
 騎士になったのは、エルティーナ様に会う為。もう一度…再会を果たす為。それだけの理由なんです。
 呆れますか? でも生き方は変えられません。私は彼女だけを見てきた。彼女の為だけに生きてきた。エルティーナ様の側にいる事が私の生きる意味なんです」

「……そうか。お前を見ていると運命の出会いや魂の片割れなんてものには、会いたくないな…。自分の全てをかける愛は辛いだけだ。私は心穏やかに生活できる、今の妻で満足だ」

「魂の片割れとは、エルティーナ様に失礼です。私が一方的にお慕いしているだけです」

「……そうか。…なら………エルティーナ様を守れ。彼女が幸せに楽しく暮らせるように。全身全霊をかけて……。きっとお前が全てをかける価値のあるお方なんだな」

「はい。もちろんです」

「いい返事だ。そろそろ、エルティーナ様の側に行きたいだろう。私も一緒に行ってやるよ。お前に対して怒っていても、私が一緒に行けば彼女も無視できないだろう。後は、またお前が誑し込めばいい」

「キメルダ副団長。いい方が悪すぎます」

「なに、お前の武器だろ。その麗しい見た目は」


 キメルダの「何を今更」という若干馬鹿にしたような言い回しに、アレンは苦笑する。

(「エル様に対して…武器にならなれば、全く意味のない見た目です……」)

 アレンは口に出さず心の中で、キメルダに否定した。



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