ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』
45話、口付けの記憶
「クルト様、エルティーナ姫。ご挨拶をさせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか」
キメルダは、長椅子で仲良く手を握り合って話をしている二人に穏やかに割って入った。
クルトとエルティーナは、顔を見合わせキメルダの方に静かに身体を向ける。一瞬で王族の雰囲気になった二人に少なからず、驚きがあった。
クルトには、まだ小さいながらもその魂はボルタージュ王国を導くものとしての器が見える。
エルティーナに関してはもっと子供として見ていたが、一瞬で変化した凛とした王女の雰囲気にキメルダの背筋が伸びた。確かに麗しい花だ。
「お初にお目にかかります。私、キメルダ・クーリーと申します。伯爵の位とボルタージュ騎士団の副団長も拝命しております」
クルトは、頷く。エルティーナは、座りながらも、軽くドレスを持ち上げ頭を下げる。
エルティーナの美しい仕草をみて、心が洗われるのがわかる。
(「なるほど、天使というのは見た目だけでなく、内面からくる人柄も入っていらっしゃるのか。しかし、危うさがある…毒が無さ過ぎるな……」)
微笑むエルティーナを キメルダは冷静に分析する。
エルティーナ姫様は、十九歳と聞く。社交界にでて人と接し、噂や妬み、嫉妬、裏切り、何も知らないはずはない。なのに、何故これほど清廉でいられるのか?
普通の感覚があれば確かに、彼女に何かしようとは思わない…天使の純白に輝く羽根を引きちぎる行為と同じに思う。
王や王妃、レオン様、エリザベス様、そしてアレンが可愛がるわけだ。クルト様でさえもうすでに癒しとして彼女を見ている。微笑ましい気持ちより危なさが断然勝つ。
「キメルダ・クーリー伯爵。私、お会いするのは初めてではございません。三年前にお会いした事がございます。可愛らしい女の子と一緒でしたわ。お名前は……エリス様でしたわね」
「覚えていらしたんですか? あの時は名乗らずに、申し訳ございません」
「いえ。あんなに泣いてらしたら、挨拶どころではないです。真っ赤な顔で泣く姿は抱きしめたく思ったのを覚えております。私も、女のお子が欲しいですわ」
「……左様で…ございますか」
エルティーナの無邪気な発言が少し感に触る。昔の物事を客観的にとらえ、尚且つ冷静に話ができる事を流石だと思う一方で、アレンの前でそれを言うのか!? と苛立ちがおこる。
無意識ほど、タチの悪いものはない。苛立ちを抑えエルティーナに進言する。
「エルティーナ姫。そろそろアレンを引き取って頂きたいのですが。どうして貴女の怒りをかったかは存じませんが、構わなければ寂しくて病気になり、死んでしまいますよ」
キメルダは出来るだけ冗談のように、舞台俳優の演技のように仰々しくエルティーナにアレンの『本音』を言った。
突如エルティーナの雰囲気が変わる。凛とした王女らしさはなくなり、花の妖精が現われたと感じる。
「ふふふ……ふふ…キメルダ・クーリー伯爵……やめて下さい…ふふ…ふふ…お腹が…痛い…です」
笑うのを必死に堪えて話す可愛らしい声は、キメルダの脳内には悪魔の声にしか聞こえない。「何がおかしい」そう言えたら…。
目尻に涙をためながら笑う。でもそれはすぐ終わりをつげ、王女の顔に戻る。
「…キメルダ・クーリー伯爵。それはアレンではなく、私です。
皆に甘え、構ってと、まとわり付き、我が儘で嫁ぎもしない、私の事です。でも大丈夫です。後六ヶ月です。アレンが私のお守りという名の護衛をするのは。
私は六ヶ月後にフリゲルン伯爵家に降嫁となります。あと少しでアレンは必ず解放致します」
エルティーナは言葉を区切り、キメルダの背後にいるアレンに視線を向ける。
「アレン、あと少し、あと少しだから我慢してね。先程の事も…自分の勉強不足を貴方に八つ当たりしてごめんなさい。
…お腹がすいたわ。一緒に取りにいってほしいです」
エルティーナの声が身体にそして脳に響き、アレンを蝕んでいく…。聞きたくない。エルティーナから別れの言葉なんて。
朝に会い、一日が過ぎて夜になる。次の朝にエルティーナと出会うまでの時間は、アレンにとっては長い拷問時間となる。
騎士としてエルティーナに再会するまで。アレンはエルティーナに会わずどうやって生きてきたか、もう思い出せない。
一日でも会わない日があれば、アレンの事をエルティーナは忘れてしまうのではないかと、日々不安はつのっていく。
「…はい。まいりましょう。エルティーナ様のお好きなチョコレートもございましたので」
叫びたい〝想い〟は何重にも鍵をかけ、心の深い奥底に隠す。
『どうか、私を忘れないでください。何も望みません。だから、どうか貴女の側にいさせてください』
全てを投げ打ってでも、命をかけてでも、アレンにとってエルティーナの側にいる事が何よりも大切で、生きる意味だった。
「本当!? 嬉しいわ。クルトも行く?」
「クルトは、ここまでだ。子供は寝る時間だからな」
「母上、大丈夫です。まだ眠くないです」
「いや、寝るんだ」
エリザベスは、ぐするクルトを抱き上げる。有無を言わさないエリザベスの言葉は絶大で、クルトは不服そうな顔をしているが、大人しくエリザベスの腕の中にいる。そして遠くでは、レオンがメフィスを抱いていた。
「エル。おやすみのキスをください」
クルトのなんとも可愛らしいお願いにエルティーナは柔らかく微笑む。そして、エリザベスの腕の中にいるクルトの額にキスをしようと、顔を近づけると。
その直後クルトがエリザベスの腕の中から身体を乗り出し、エルティーナの頬を掴み唇と唇を合わせる。
「チュッ」
なんとも可愛らしいリップ音が辺りに響く。目が点になるエルティーナに、クルトは晴れ晴れした笑顔で「エルのファーストキスは僕が貰っちゃった。えへへへ」と言った。
周り全てが茫然する中、エリザベスとレオンがいち早く覚醒する。クルトをエルティーナから引き剥がし距離をとる。
クルトよりも、エルティーナが泣くのではと思ったのだ。
男性に夢を見ているエルティーナには、相手がクルトでも嫌悪感がすると思ったからだ。しかしエルティーナの反応は普通だった。
「もう、クルトったら。ふふふ。おやすみなさい」
エルティーナはクルトに柔らかく微笑む。レオンもエリザベスも近くにいたキメルダも肩透かしをくらった気分だった。
「では、失礼いたします」
エルティーナは軽く膝を折り、クルトに手をふりアレンを見上げる。
「アレン。食べに行きましょう!!」そう言ってその場を離れた。
キメルダは、長椅子で仲良く手を握り合って話をしている二人に穏やかに割って入った。
クルトとエルティーナは、顔を見合わせキメルダの方に静かに身体を向ける。一瞬で王族の雰囲気になった二人に少なからず、驚きがあった。
クルトには、まだ小さいながらもその魂はボルタージュ王国を導くものとしての器が見える。
エルティーナに関してはもっと子供として見ていたが、一瞬で変化した凛とした王女の雰囲気にキメルダの背筋が伸びた。確かに麗しい花だ。
「お初にお目にかかります。私、キメルダ・クーリーと申します。伯爵の位とボルタージュ騎士団の副団長も拝命しております」
クルトは、頷く。エルティーナは、座りながらも、軽くドレスを持ち上げ頭を下げる。
エルティーナの美しい仕草をみて、心が洗われるのがわかる。
(「なるほど、天使というのは見た目だけでなく、内面からくる人柄も入っていらっしゃるのか。しかし、危うさがある…毒が無さ過ぎるな……」)
微笑むエルティーナを キメルダは冷静に分析する。
エルティーナ姫様は、十九歳と聞く。社交界にでて人と接し、噂や妬み、嫉妬、裏切り、何も知らないはずはない。なのに、何故これほど清廉でいられるのか?
普通の感覚があれば確かに、彼女に何かしようとは思わない…天使の純白に輝く羽根を引きちぎる行為と同じに思う。
王や王妃、レオン様、エリザベス様、そしてアレンが可愛がるわけだ。クルト様でさえもうすでに癒しとして彼女を見ている。微笑ましい気持ちより危なさが断然勝つ。
「キメルダ・クーリー伯爵。私、お会いするのは初めてではございません。三年前にお会いした事がございます。可愛らしい女の子と一緒でしたわ。お名前は……エリス様でしたわね」
「覚えていらしたんですか? あの時は名乗らずに、申し訳ございません」
「いえ。あんなに泣いてらしたら、挨拶どころではないです。真っ赤な顔で泣く姿は抱きしめたく思ったのを覚えております。私も、女のお子が欲しいですわ」
「……左様で…ございますか」
エルティーナの無邪気な発言が少し感に触る。昔の物事を客観的にとらえ、尚且つ冷静に話ができる事を流石だと思う一方で、アレンの前でそれを言うのか!? と苛立ちがおこる。
無意識ほど、タチの悪いものはない。苛立ちを抑えエルティーナに進言する。
「エルティーナ姫。そろそろアレンを引き取って頂きたいのですが。どうして貴女の怒りをかったかは存じませんが、構わなければ寂しくて病気になり、死んでしまいますよ」
キメルダは出来るだけ冗談のように、舞台俳優の演技のように仰々しくエルティーナにアレンの『本音』を言った。
突如エルティーナの雰囲気が変わる。凛とした王女らしさはなくなり、花の妖精が現われたと感じる。
「ふふふ……ふふ…キメルダ・クーリー伯爵……やめて下さい…ふふ…ふふ…お腹が…痛い…です」
笑うのを必死に堪えて話す可愛らしい声は、キメルダの脳内には悪魔の声にしか聞こえない。「何がおかしい」そう言えたら…。
目尻に涙をためながら笑う。でもそれはすぐ終わりをつげ、王女の顔に戻る。
「…キメルダ・クーリー伯爵。それはアレンではなく、私です。
皆に甘え、構ってと、まとわり付き、我が儘で嫁ぎもしない、私の事です。でも大丈夫です。後六ヶ月です。アレンが私のお守りという名の護衛をするのは。
私は六ヶ月後にフリゲルン伯爵家に降嫁となります。あと少しでアレンは必ず解放致します」
エルティーナは言葉を区切り、キメルダの背後にいるアレンに視線を向ける。
「アレン、あと少し、あと少しだから我慢してね。先程の事も…自分の勉強不足を貴方に八つ当たりしてごめんなさい。
…お腹がすいたわ。一緒に取りにいってほしいです」
エルティーナの声が身体にそして脳に響き、アレンを蝕んでいく…。聞きたくない。エルティーナから別れの言葉なんて。
朝に会い、一日が過ぎて夜になる。次の朝にエルティーナと出会うまでの時間は、アレンにとっては長い拷問時間となる。
騎士としてエルティーナに再会するまで。アレンはエルティーナに会わずどうやって生きてきたか、もう思い出せない。
一日でも会わない日があれば、アレンの事をエルティーナは忘れてしまうのではないかと、日々不安はつのっていく。
「…はい。まいりましょう。エルティーナ様のお好きなチョコレートもございましたので」
叫びたい〝想い〟は何重にも鍵をかけ、心の深い奥底に隠す。
『どうか、私を忘れないでください。何も望みません。だから、どうか貴女の側にいさせてください』
全てを投げ打ってでも、命をかけてでも、アレンにとってエルティーナの側にいる事が何よりも大切で、生きる意味だった。
「本当!? 嬉しいわ。クルトも行く?」
「クルトは、ここまでだ。子供は寝る時間だからな」
「母上、大丈夫です。まだ眠くないです」
「いや、寝るんだ」
エリザベスは、ぐするクルトを抱き上げる。有無を言わさないエリザベスの言葉は絶大で、クルトは不服そうな顔をしているが、大人しくエリザベスの腕の中にいる。そして遠くでは、レオンがメフィスを抱いていた。
「エル。おやすみのキスをください」
クルトのなんとも可愛らしいお願いにエルティーナは柔らかく微笑む。そして、エリザベスの腕の中にいるクルトの額にキスをしようと、顔を近づけると。
その直後クルトがエリザベスの腕の中から身体を乗り出し、エルティーナの頬を掴み唇と唇を合わせる。
「チュッ」
なんとも可愛らしいリップ音が辺りに響く。目が点になるエルティーナに、クルトは晴れ晴れした笑顔で「エルのファーストキスは僕が貰っちゃった。えへへへ」と言った。
周り全てが茫然する中、エリザベスとレオンがいち早く覚醒する。クルトをエルティーナから引き剥がし距離をとる。
クルトよりも、エルティーナが泣くのではと思ったのだ。
男性に夢を見ているエルティーナには、相手がクルトでも嫌悪感がすると思ったからだ。しかしエルティーナの反応は普通だった。
「もう、クルトったら。ふふふ。おやすみなさい」
エルティーナはクルトに柔らかく微笑む。レオンもエリザベスも近くにいたキメルダも肩透かしをくらった気分だった。
「では、失礼いたします」
エルティーナは軽く膝を折り、クルトに手をふりアレンを見上げる。
「アレン。食べに行きましょう!!」そう言ってその場を離れた。