ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

「…エルティーナ様。とても嬉しそうですね。クルト様との口付けはそんなに良かったですか」

 口調がどうしても刺々しくなる。アレンにはどうしても先程のは許せなかった。例え、クルトはエルティーナにとって甥であろうと男は 男だ。
 嫌がってほしかった。涙を流し嫌がってほしかった。なのにエルティーナの反応は穏やかだ。むしろ喜んでいるように感じ、胸にシコリが残る…。

(「私が口を出す権利はない……。ないのは分かっている……が……」)


 エルティーナは自分の頬が緩むのが分かり、出来るだけ普通の顔で!! と頭の中で繰り返す。

「別に、喜んでないわ。良かったかなんて、一瞬だったし 分からなかったわ」

(「いや〜駄目、顔が緩むし赤くなるぅ〜。アレンに変に思われるわ!! クルトと口付けして喜んでいるように見えるなんて、変態みたいじゃない。でも…駄目、顔が緩む〜」)


 エルティーナはクルトとの口付けを喜んでいるわけではない。当たり前だが……。
 ただ…クルトとの口付けで、エルティーナの霧がかっていたアレンとの十一年前の記憶が、一気に色づいて。かなり細部まで思い出してしまったのだ。

 自ら服を脱ぎ、抵抗しているアレンに馬乗りになって何度も口付けをしたのだ。次第に深くなる口付けに…、甘く香るアレンの匂いに…酔ったのを思い出す。
 あんな情熱的な口付けをしていた自分が驚きだ。

(「昔の私は偉大だわ!!今は触れる事も出来ないのに… 嫌…でもあれを今したら……。ぎゃあぁぁぁぁぁ。想像するな私!!! 恥ずかしすぎるぅ!! 黒歴史っ〜」)


 軽く唇が触れあっただけのように見えたが、エルティーナをみると違うのか? と疑問に思う。

(「エル様は忘れていても、貴女の初めての口付けは私です。貴女はあの時初めてと。そうおっしゃった。何度も何度も口付けをした。……数え切れないくらい。
 この先、どれだけ貴女が口付けをしても初めては決して変わらない。
 エル様の初めては私で。私の初めてはエル様だ。
 幸せな記憶……。覆す事の出来ない事実……。それが私には嬉しい。例え私の記憶の中だけであっても………かまわない」)

 甘い幼い頃の記憶は、アレンには神から贈り物だった。


「本当にあるわ!! アレン、チョコレートがあるわ!!」

 エルティーナはテーブルの上にあるチョコレートに大絶賛だ。本当に可愛らしい人だとアレンは思う。

「お取りしますね」
「ありがとう、アレン!」

 チョコレートの種類は、全部で三種。

 沢山あればまた、先日みたいに間接的に口付けができるのにとアレンは残念に思う。

(「エル様は、少し潔癖な所がお有りだから、あまりあからさまだと嫌がられる可能性があるから気をつけないといけない。しかし胸が高鳴るので止められないし、機会があればもう一度と思うな…」)

 アレンは先日のミダでの出来事を思いだしていた。


「太陽神と大地を育む生命達に心からの感謝を」

 目をつぶり、手を組み、口に出す。エルティーナはどんな事があっても必ず唱える。どんな事も感謝を忘れない。これはエルティーナの中の信念でもあった。
 アレンもそんなエルティーナを誇りに思う。


「エルティーナ様、美味しいですか?」

「美味しいわ。でも…ミダのチョコレートには負けるわね。ミダのチョコレートの方が何倍も美味しい…と思う」

「くすっ。機会があれば、調達してまいりますよ」

「えっ!? 違うの、そういう事ではないわ。ミダではお料理やお菓子は全て持ち出し禁止よ。
 もちろん、チョコレートも駄目。王女だからって我が儘は駄目よ。ミダでしか食べれないからこその魅力だもの」

「エルティーナ様は、本当に何も望まれないのですね」

「もう。何を言うの!! 私は十分贅沢しているし、我が儘で好き放題してるわ。私がいい娘に見えるのだったら、この世の全ての人がいい人だわ。
 ……でも、アレンにそう言われるのは大好きよ。とても素敵な人になれた気がするから。アレンは本当に優しいわね」

「私は、優しくないです。エルティーナ様、こちらに肉と魚も用意しました。どうぞ。細かく切ったので、食べやすいと思いますよ」

「分かった、アレンは優しいのではなく甘々なのよ。本当に……でもありがとう!!」

 パクッ。ぅもぐもぐ。

 立食パーティー用の料理は食べやすいし、美味しい。とてもいい味付けだった。エルティーナは初めて食べる味に興奮を隠せない。デミグラスソースが濃く見えるのに、あっさりで、パーティーの度に新作を披露する王宮料理長の腕に度肝を抜かれる。
 あまりの美味に、アレンも食べたらいいのに…と咄嗟に脳に過ぎる。

(「一口くらいなら、食べるかしら?」)

「ねえ、アレン。このお肉、凄く美味しいわ。デミグラスソースが濃く見えるのに、意外とあっさりなのよ。微かに柑橘系の香りもするわ。
 一口食べてみない? はいっ。どうぞ!!」

 エルティーナの脳内は、デミグラスソースの事しか考えていなかった。アレンが外であまり食べ物を口にしないのは知っていた。だが一口くらいはいいと…何故か思ったのだ。

 それに加え、内輪の立食晩餐会で礼儀があまり厳しくない事、これらが悪かった。

 エルティーナは、自らが使いまくったフォーク……何度も魚をさして口に運ぶ、肉をさして口に運ぶ、先に付いたデミグラスソースを舐めるなどをしたフォークに……デミグラスソースがふんだんにかかった肉をまたさして、アレンにどうぞとフォークを差し出した。

「………………」

 何故か、アレンは無言だ。差し出したフォークを見つめるだけで、受け取らないアレンを不思議に思いしばし沈黙。そして気づく。
「ぎゃあ!!!」と思い。
 手を引っ込めようとしたら、アレンの大きな手がエルティーナの手ごとフォークを掴み口に運ぶ。

 アレンの綺麗な形の唇が開き、デミグラスソース付きの肉が入り、フォークが唇をゆっくりとスライドしながら肉を抜いていく。

 手を掴まれているので、真正面の至近距離からエルティーナはアレンの唇を見る羽目になる。

(「ひやぁぁぁぁ、いやぁぁぁぁぁ」)脳内で叫んでいるとアレンの咀嚼が終わったみたいで。


「本当に、柑橘系の爽やかさがあるお肉ですね」
 と感想が返ってきた。自分で言うのもあれだがこれはないわ。己の阿保さに、自分自身で叱咤する。

「………アレン。ごめんなさい。これはないわね。……気持ち悪かったでしょ。新しいフォークで渡すべきだったのに… 本当にごめんなさい」

 瞳を潤ませながら話すエルティーナに、先ほどの事があまりにも幸せ過ぎて誤魔化すのも忘れ、アレンは正直に答えてしまう。

「気持ち悪いわけがありません。同じフォークで食べるなんて、まるで家族みたいではありませんか。
 エルティーナ様と私は血の繋がった家族ではないですが、そう思ってもらいたいとは常々考えておりましたので、嬉しいです」

 アレンの言葉が嬉しくて嬉しくてたまらない。

「家族…? 本当に?」

 首を傾げるエルティーナが可愛すぎて、アレンは抱きしめたくて堪らない気持ちが溢れ、それを身体に力を入れ止める。

「もちろん。本当です」

 二人は瞳を合わせ微笑み合う。エルティーナはそのままフォークを使い続けた、たまにアレンに「はい!」って手ずから口に運ぶ。
 色んな料理を少しづつ、一つのフォークを二人で使う。


 そんな二人は周りを楽園に引きずり込んでいた。

 うっかりエルティーナとアレンを見た者、誰しもが見惚れ固まる。
 しばし固まるが、見惚れていたのに気づいた者から順に視線を外していく…知らないフリを、見て見ないふりをする。

 その儚くも美しい光景を壊したくなくて…。

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