ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

 二人は歩き出した。コツッコツッコツッ と同じリズムの音が回廊に響く。しばらく肩を並べ歩いていると、侍女達に出会い拝まれる……。仕方がないと思い何も言わないが、享受しているわけではない。

 レオンもアレンも何とも言えない顔をし、見て見ぬふりをし先に進む。が何人かの反応で不機嫌さを見せ、消しもしないアレンにレオンは嫌味を投げかける。

「アレンは気にしないんじゃないのか? そうエルに言ってなかったか? 」

「エルティーナ様が拝む分はかまわない、という意味だ。直接は言わないが顔面の表皮ばかり見て騒ぐ女ほど煩わしいものはない」

「相変わらず…キツい言い方だな…。常日頃思っていたが、お前はエルとエル以外の人間に対する接し方が違いすぎるぞ」

「特に意識して態度を変えてる訳じゃない」

「……言っとくが、エルも わりと顔面の表皮ばかり見ているぞ。お前のいう煩わしい女の代名詞だ。
 エルがなかなか結婚出来ないのは、どう考えても俺やお前が基準だからだ。エルの理想が限りなく高くなっている。まぁ、やっと嫁にいってくれるから安心したけどな」

 レオンの言葉を最後に、アレンは何も話さなくなった。そんなアレンの端正な横顔を見て思う。

 一度、腹を割って話してみたい。アレンは何を思い? 何を望んでいる? 本当にメルタージュ家は継がないのか? 結婚はしないのか? 何故、騎士になったんだ? 国の為?? 疑問に思う事はたくさんある。だが、何一つ聞いた事はない。
 アレンから聞くな、と言う意思が伝わるからだ。レオンが騎士であるからこそアレンの無言の意思を読んでしまう。
 エルティーナの護衛もあと半年。終わればアレンはフリーとなる。騎士団に戻るのか…。レオンとしては、出来れば息子クルトの護衛についてもらいたいと思っていた。それをいつ話せばいいのかと最近の悩みだ。

 二人きりで絶好の機会であっても。今、話すべきじゃない事は空気で分かる。

 どうしてもレオンには、アレンがエルティーナと離れる未来が想像出来ないのだ……。エルティーナはフリゲルン伯爵と結婚する。頭では分かっているし、安心しているのも確かだ。
 しかしどうあってもレオンには、フリゲルン伯爵が二人の仲を引き裂く悪魔としか思えない。

 アレンはエルティーナの結婚をどう思っているのか……。エルティーナの結婚が決まった時、もしかするとアレンがエルティーナを娶るというんじゃないかと、父母は話していた……。
 でもそうはならなかった。普通に決まり、普通に終わる。
 レオンも、アレンはエルティーナに対して何か行動を起こすとふんだ。でも……本当に何も変わらない。エルティーナを今まで以上に甘やかしているくらいだ……。あと少しだからか?
 色々な疑問の中で一つはっきりした事。それはエルティーナを女として想い、妻にほしいとまでは思わないという事だ。
 アレンが好きになる女は、どんな人か興味がある。美術彫像よりなお美しいアレンに愛されて、求められて、断る女はいない。

(「…いつかは、会ってみたい。遊びではなく、お前が己の全てをかけてもいいと思えるほどの…愛する女性に」)

 麗しい横顔を見つめても彼の本心をレオンは読めなかった。



 今日の騎士演習場は、いつもより人数が多い。それは三ヶ月後にボルタージュ建国記念日があるからだ。各国から王族、国の重鎮達が一同に集まり国中が祝いをあげ、十日間にかけて祭が開かれる。

 一年に一度の大祭である。それに加え、今年はボルタージュが建国して五百年になる大きな節目の記念年だった。

 長く続くボルタージュ国には皆が尊敬する王がおり、将来有望な若き王太子がいる。
 この国の未来は輝かしく、国民は安心して生きていけるこの時代を大いに感謝していた。


「建国記念日が近いから、実技演習が多いんだな。いい傾向だな」

「ああ」

「レオン殿下! アレン様! どうされたんですか?? 」

 レオンとアレンに気づいたパトリックが不思議そうに質問を投げかける。その背後では、驚愕する騎士見習いや、先日アレンに叩きのめされたルドックやホムールもいた。

「少し身体が鈍っているから動かしにきただけだ。練習用のサーベルを二本貸してくれ」

「はい。かしこまりました。レオン殿下、練習用のサーベルを二本というとアレン様も身体を動かされるのですか? 」

「ああ。俺とアレンで打ち合うから二本必要なんだ」

「えっ!? レオン殿下とアレン様で練習試合をされるんですか!? 是非! 是非!! 私に審判をさせてください!!! 」

「練習試合ほど、する気はないんだが… 」

「練習試合形式でしてくれると嬉しい」パトリックとレオンの会話に入ってきたのはキメルダだった。

「キメルダ副団長。貴方もいらしてたんですか? 俺とアレンが練習試合形式をとったら他の練習の邪魔になりませんか? 」

「嫌。むしろ良い勉強になるよ。レオン殿下はもちろん、アレンの腕前を年若い騎士達に見せてやりたいからな。私やパトリックではアレンに全く歯が立たないから、あまり見せても意味はないが。レオン殿下は団長くらいの腕があるから、なんとかアレンと互角に試合ができるだろう 」

「すでに、俺が負けるようないい方ですね。副団長…… 」

「そうだな。では、アレンから一本とれたら一日私の時間をやろう。仕事の雑用なり、給仕なり、なんでもやってやろう」

「それは、ありがたい。是非、仕事を手伝ってもらいます」

「一本とれたらな」

 レオンとキメルダが話を進めていてもアレンは話に入ってこない。静かに成り行きを見ている。



(「練習試合は面倒だな… エル様の元に早く戻りたい…… 」)

 エルティーナの事を考えた時、ラズラの言葉が頭によぎる。『…エルティーナったら、アレン様とエッチな事をしている夢を見たんですって… 』

(「あぁ…私も是非、その夢を見たいな。エル様はその夢に嫌悪してたわけではなく、恥ずかしがっていらした。
 美術品や兄のように慕われていても嬉しいが……少しでも異性として意識してくださるのは、格別に嬉しい」)


 レオンは副団長との話に区切りがついた為、他の騎士達に意識を向ける。

「うん!? 」

 パトリックとルドックの様子がおかしい…!? 近くにいる騎士達も皆、顔が赤い。

「まさか………」

 レオンは勢い良く振り返り、背後をみる。
 振り向いた先には、穏やかなのに色気たっぷりのアレンが、また信じられない表情になり立っていた……。

「アレン!! お前は、反省しているのか!? 甘ったるい雰囲気がだだ漏れだ! 誘惑しに来たんじゃないんだぞ!! 全くこの場にそぐわない!! 」

「…レオン……悪い……。
 キメルダ副団長、練習試合の件は了解しました。手加減せずレオンと手合わせできるのはこちらも楽しみです」

「……アレン …何かあったのか? 」

 まだ、なんとなく甘い雰囲気のアレンにキメルダの頭の中は疑問が飛び交っていた。



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