ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

「……エルティーナ様……」

 ダルチェは、エルティーナの名前を呼んだ後、静かに侍従や侍女に目を向ける。

「レイモンド様にお伝えしてください。晩餐会はなしで。軽くお茶を用意して。出来るだけ早く帰れるように」

「「「「はい。かしこまりました」」」」

 一斉にしっかりとした声が響き、やはりダルチェが女主人だと改めて分かった。

「お化粧は直しますか? さっきたくさん泣かれていたので、ほぼとれてしまっているのではと思いますが」

「え? いいわよ、このままで。とくに気にならないし」

 エルティーナの無頓着な考えに、部屋に残っていたセルバンテスとダルチェが固まっている。

「エルティーナ様……凄く変わっていらっしゃいますわね」

「そうかしら? ……ねぇ、ダルチェ様」

「エルティーナ様、私は平民です。様は入りません。呼び捨てになさってくださいませ」

「分かったわ。では、ダルチェ、貴女、子供いるでしょ? 相手はレイモンド様よね。男の子? 女の子? 可愛い??」

 エルティーナの爆弾発言にダルチェは顔面蒼白。セルバンテスも血の気を失った顔をしていた。

「あの………」ダルチェの震える声に気づいてエルティーナはふわっと微笑む。

「嫌味じゃないからね。誤解しないで!! 私は勿論子どもを産んだ経験はないけど、赤ちゃんは沢山見たことがあるのよ!!
 エリザベスお義姉様やフルールお姉様が子どもを産んだ後の匂いと、貴女が一緒だから。お母様の匂い……お乳の匂いがするの。産んでまもないんではないの?」

「エルティーナ様、申し訳ございません」

「ち、ちょっと。謝らないで!! 何で、別に悪い事ではないわ。私は少し安心しているの。レイモンド様の妻になるのは構わないけど…そういう事はしたくないから……もう後継ぎとかいればいいのになぁ〜 って思ってたのよ!
 だって後継ぎがいれば私は、頑張らなくても大丈夫よね? 自由だわ!!」

「……エルティーナ様。私は恐れ多くもレイモンド様と関係を持ち、半年前に男子を出産致しました」

「まぁ!! 男の子!! やるわね、ダルチェ!!」

「エ、エルティーナ様………」

 深刻な話が何故かさらっと流れる。ダルチェはエルティーナの優しい言葉に張っていた肩の力が抜けるのを感じた。

「屋敷の皆の態度、申し訳ございません。ご気分が悪かったと思います」

「ふふふ。まるで私は悪女よね。せっかく素敵な奥様がいるのに、権力だけで妻の座を奪いとっていくのは悪女の代表。
 レイモンド様と仲良くなる気はさらさらないけど、屋敷の皆んなとは仲良くなりたいわ!! だってこのお屋敷の趣味最高ですもの。
 とくに、この部屋は最高!! 王宮にも沢山の部屋があるけど、こんな部屋は一つもないわ。ミダに似ているわね!! テーマはツリバァ神でしょ!! 違うかしら?」

「さようでございます。この部屋はツリバァ神のイメージで作っております。フリゲルン伯爵が……、いえレイモンド様のお父上が大のツリバァ神好きでして、この部屋を特注されたのです」

「セルバンテスも好きでしょ」

「何故そのように、おっしゃるのですか?」

「だって、私が馬車から出た時、セルバンテス、少しガッカリしてたでしょ。アレンも一緒に来るかもって思ってたんじゃないのかしら??」

 エルティーナは可愛らしく口に手を置き、きゃっ。とわざとらしく言ってみる。
 これにはダルチェがドン引きし、セルバンテスは真っ赤になっていた。

「やっぱり、当たりね!! 私ね、なんか分かるのよ。アレンの事好きな人って。きっと同類なんだわ!!」

「……男の私が好き…と話しても気持ち悪くないのですか?」

「何故?? 気持ち悪いわけないわ。だって、コーディン様とツリバァ様も男神同士だけど恋人だわ。アレンは本当に綺麗だし素敵だもの、惹かれない方がおかしいわ!!」

「私はエルティーナ様ほどは…申し訳ないですが、理解出来かねます」

「ダルチェは、以外に頭が堅いのね」

「そういう問題ではないと思いますが……」

「ねえ。セルバンテスは生でアレンを見たことないのかしら?」

「一度だけ、お姿を拝見した事がございます。ボルタージュ騎士団の公式試合でございます。
 とくに胸が高鳴ったのは、最終試合のボルタージュ騎士団最強と謳われたバルデン団長を打ち負かした姿は神がかっておりました!!
 噂だけは聞いておりましたが、本当にツリバァ神そのもので、私は感動して涙が出ました!!!」

「まぁ。あの試合、セルバンテスも見ていたのですか? 私も観戦してましたの。凄い偶然ですわね!!
 アレンは何をしてても素敵なのよ。綺麗で。優しくって。強くって。一度でいいから、遊ばれてみたいなぁ〜 なんて、思ったりしたわ。でも…私の事は眼中にないのが痛いくらい分かるのだけどね……」

「えっ!? エルティーナ様とアレン様は恋人ではないのですか?」

 かなり驚きの声でダルチェが質問を投げかけてきた。

「ち、違うわ!! 違うわよ!! 何をいうのよ、ダルチェは!!」

「まさか。そんな事………」

「レイモンド様がそうお話したの? あのね、アレンに失礼だから、それは撤回しておいて。アレンとは七年も一緒いるけど……キスした事もないし、抱き合った事もない、ダンスだって踊った事ないのよ。
 アレンがスレンダー美人といちゃいちゃしているのは、何度も見たことがあるけど。アレンは、私に興味がないのよ、全く……。もちろん凄く大切にしてくれているのは分かるわ。でもそれは妹としてかな。
 私ばっかりが好きで好きで、本当に…疲れちゃうわ……」

「エルティーナ様……」

「だからダルチェが羨ましわ!! 好きな人と思いが通じ合うって凄く素敵よね。その好きな人に抱いてもらえるのって最高よね」

「エルティーナ様、私は………」ダルチェが話そうとした時、ノックと共にレイモンドが部屋に入ってきた。



「晩餐会をなしにするって、連絡がはいってね、何でかと思ってさ。聞きにきたんだ」

 レイモンドは、また嘘くさい笑みでエルティーナに微笑む。その姿はやはり…少し腹が立つ。

「レイモンド様。ちょうどいいわ。私と結婚する理由を聞きたいわ。貴女には綺麗でしっかりしている奥様も後継ぎになる子供もいるのに何故私と結婚するの?
 箔が欲しいの? 貴方は十分の爵位もあるし、親族が反対…ってのも違うわよね。はっきりおっしゃって。
 でないと、私はお父様とお兄様に話すから正直に。レイモンド様にはすでに奥様も子供もいるのに、私と結婚するつもりなんですって」

「なかなか、言うね。いいよ。話そう。
 でも、まだ完全に貴女を信用した訳ではないからね。全部は話さないよ」

「いいわ。話せる所までで大丈夫よ。そして、私は聞いた事は誰にも話さない」

 エルティーナの真剣そのものな態度にレイモンドは頷く。


「バスメール国はね、今この国を潰そうとしている。
 いわゆる貴族潰しを王族が率先しておこなっているんだよ。驚くよね。
 この間の舞踏会にのうのうと来てたあの悪女は、本当に見るに堪えないよ。我がもの顔を殴りたくなったね。あの女は僕の家族を殺した。可愛いと有名な妹だったから、腹が立ったんだろうね。それだけでフリゲルン家を潰そうとするんだ、悪女以外のなにものでもないよ。
 あの悪女に直接手を下すには、伯爵の位より、より高い地位が欲しい。そして、あの悪女が一番気に入らないのがエル様、貴女だ。天使のように美しい貴女を目の敵にしている。貴女は狙われる。
 必ず、エル様の命は守る。だから囮になってほしい。はっきりいって王宮では不安だ。前の舞踏会をみても、悪女が簡単に入ってきている。恐ろしい話だよ。君は命を狙われているから出来ればうちで守りたいんだ」

「まさか、バスメールが……信じらないわ。友好国よ」

「あの悪女は、アレン様に結婚を申し込んでいるよ。まぁ彼が受けるとは思わないけどね。だから、うちに一緒においでよ。
 僕は君を愛してないし、愛そうとも思わない。僕にはダルチェがいるし、愛する息子ダスティーもいる。
 これは契約だ。貴女はアレン様を愛している。アレン様も貴女を愛している。
 でも何故か一緒にはならない。その理由は僕にはどうでもいい。王宮は危ないし、二人して うちにくればいい。僕の妻という肩書きはそのままで、僕はダルチェと。エル様はアレン様と愛し合えば良い」

 レイモンドの言葉に、エルティーナは初めて憎むほど人が嫌いだと思う。
 私は構わない、ただアレンを彼を軽く見られている事が何よりも腹立たしかった。

「…理由は分かったわ。貴方の仮の妻にはなる。でもアレンは関係ないわ。彼を巻きこまないで。彼には後ひと月で私の護衛を辞めてもらうの」

「どうして? アレン様には、本当の恋人なんていない。皆が遊びだと聞く。絶対に女なんて情報収集のための道具としか見てないよ。どうしてわからないの??」

「貴方にアレンの何がわかるの!! ちゃんと恋人はいるわ。好きな人だっているし、私が結婚した暁には彼も結婚すると話していたわ。いいかげんな事を言わないで!!」

「アレン様はエル様を愛しているし、ちゃんと女として見ているよ」

「ふ、ふざけないで!!! 話は終わりよ、馬車を出して、貴方の望む妻にはなるわ。私も国は守りたい。貴方の言う事が本当なら、バスメール国を許せないから。それだけだから。これ以上話す必要はないわ。馬車を出して王宮に帰るわ」

 エルティーナは、まだ話そうとするレイモンドを振り切って部屋を出る。


 部屋から出て行ったエルティーナをレイモンドは不思議に思う………。

「レイモンド様、今のは貴方様が悪いと思います。エルティーナ様はとても素敵なお方。それを女に産まれた楽しみも与えずお飾りの妻として買われるのですか?」

 セルバンテスの優しくも攻撃的な物言いに 少し腹が立つ。

「この短時間で、よくも手懐けたもんだと思うよ」

「レイモンド様。エルティーナ様を悪く言うのはおよしになって!!」

 何も言わず静かに側に控えていたダルチェがレイモンドに抗議の声をあげる。

「ダルチェ、そう怒るな。僕は救世主のつもりなんだよ。本当に……。
 アレン様はエル様の事を愛してるよ。妹としてじゃない、ちゃんと女として見てる。
 舞踏会でエル様と会った時。凄いドレスで、なんていうの…前に屈むと胸が丸っと全部見えるデザインでさ。
 屈まなければ大丈夫だけど。エル様は着なれないのかな? アレン様の前で思っ切りその姿勢でさ。
 アレン様、がっつり下半身反応してたし。そういう目で見てるよ。絶対。間違いないよ」

 レイモンドのさらっと朝の報告くらいの爽やかな言い方と真逆の生々しい言動に、セルバンテスもダルチェも絶句。二人とも首まで真っ赤である。

「わ、私は、そのような生々しい話は聞きたくございませんでした。憧れを潰さないで頂きたい」

「おい、おい、セルバンテス。
 確かにアレン様は、宝石のような色彩に、神がかった美貌。極限まで絞り込まれた肉体は美術彫像のように綺麗だと思うけど……彼だって男だ。
 愛している人を見ればキスだってしたいだろうし。セックスもしたいだろ。それに、側に居たいはず……違う?」

 レイモンドは軽く話しているが、それはかなり重い話。セルバンテスもダルチェも言葉を呑み込むしかなかった。


「じゃあ、ダルチェ。セルバンテス。僕はエル様を王宮に送ってくるよ。これ以上アレン様と引き離すのは可哀想だしね」

 レイモンドはそう言って。部屋を後にした。


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