ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』
「うん? 食堂がやけに静かだな? あれ? 人はいるじゃないか??」
「パトリック、入り口で止まるな、中に入れ」
フローレンスはパトリックに注意をするが、二人の会話はここまでだった。
気づいた時には、パトリックはアレンに手加減なしに首を絞められていた。
自分が首を絞められている現状が理解出来ないが、あまりにアレンが恐すぎて、弁解が出来ない。真横にいるフローレンスも動けないでいた。
いち早く覚醒したバルデンはすぐ動き、渾身の力でアレンの腕を掴み、大声量でアレンの耳元で叫ぶ。
「アレン!! 手を離せ! パトリックを殺すつもりか!!!」
バルデンの言葉にアレンは手を緩める。
「パトリック、お前はエルティーナ様についてフリゲルン伯爵の屋敷に行ったのではないのか」
神経を凍らすアレンの声にパトリックは必死に息をしながら答える。
「…ゴホッ……ゴホッ…知り……ません…よ…」
何も言葉を発することなくアレンは、テーブルに置いておいたサーベルを持って食堂を出ていく。
「パトリック大丈夫か? 悪いが俺はアレンを追う。あのままだとフリゲルン伯爵を殺しそうだ」
「……ゴホッ…了解です」パトリックは軽くバルデンに敬礼し、今、息を吸える現実をありがたく噛みしめる。
「パトリック様……大丈夫ですか? 水、どうぞ。あと、分かる範囲まで俺が説明します。アレン様の怒りのスイッチを押した半分の理由は、空気の読めないメロディーの所為です」
まだ静まりかえる室内にルドックの声が響き、皆が一斉にメロディーを睨む。
腰が抜け床に座り込んでいるメロディーに誰も手は貸さない。命を危険にさらしたくないからだ。薄情かもしれないが、先ほどのアレンを見れば仕方ないとしか言えなかった。
「あいつは、今、エル様と二人。王宮側の人間を付けずだと。なめた真似を。あの口、話せないようにしてやる」
アレンは騎士団の食堂をでて馬舎に行き、自らの愛馬を手に王宮の門に向かう。王宮の門にはバルデン団長が一足先にアレンを待っていた。
「アレン。冷静になれ、少し待て、お願いだから冷静になってくれ。確かにパトリックを付けると嘘を話したフリゲルン伯爵は最低だが、エルティーナ様の前で殺すつもりか!?彼女が一番嫌いなおこないだぞ」
「問題ないです。血を見せず殺すつもりですので」
「嫌待て、そういう意味じゃない!!!」
バルデンがアレンを止めようと必死になっている時、王宮の門が開く………。
門からは馬車が通ってくるのが見え、誰か予想は出来る。
「終わったな………」バルデンはこれから起きる斬撃をどう処理しようかを考えていた。アレンを止めようとは考えなかった。止めたら自分も巻き添えだからだ。
こちらに気づいたのか、馬車が止まる。
馬車の中は無言の空気が漂っていた。王宮が見えてくるとレイモンドが話しかけてくる。
「今日はアレン様と離して悪かったよ。陛下に言いたいなら言えばいい。僕は全力でダルチェやダスティーを護るよ。僕が家族を一度に失って自暴自棄になっていた時、みんなは僕を見て見ぬ振りしていた……だけど、ダルチェだけが最後まで僕を見捨てなかった。殴ったりしたのにね、何時までも僕を抱きしめてた。
彼女を愛して当然じゃない??」
レイモンドの顔はいつもの仮面ではなく、本当に〝愛〟がある顔だった。全く違う顔のはずなのに少し、アレンに似ているとエルティーナは思った。
「言わないわ。そんな話を聞いたら言える訳ないじゃない。あぁ、これも貴方の作戦かしら」
苦しげに笑うエルティーナを見て、レイモンドは真面目にゆっくりと話す。
「エル様、アレン様は貴女の事を本当に愛しているよ。本当に分からない? アレン様から見たら僕がダルチェにむける想いなんて、まだまだ軽いと笑われるよ。
あなた達にどんな理由があって男女の関係にならないのか分からないけど、アレン様の気持ちを軽く考えない方がいいよ。彼の愛は狂愛、僕にはね、すでに狂ってるとしか思えないんだ」
「……よく……わからないわ……」
「………そっか」レイモンドの声はひどく優しかった。
レイモンドの言っている危ない人は、正しくエルティーナの事だろう。エルティーナがアレンを狂うように愛しているのだ。エルティーナは天使じゃない。
仮にもし一人しか助けられないと言われたら迷いなくアレンを選ぶ。父、母、兄、ラズラ、ナシル、誰を犠牲にしてもエルティーナはアレンを選ぶ。エルティーナの想いこそが……狂愛だった。
「…うん? ……ア…レン……? 嘘?? アレンだわ。門の所にアレンがいるわ!!」
「うわぁーーー最悪。ちょっと、馬車止めて。今すぐ」
「えっ!? なんで馬車を止めるのよ!!」
「うん。エル様の考えはこの際どうでもいい。僕はね、パトリック殿を貴女に付けるからアレン様は一緒に来ないで。って言ったんだよ。いるはずのないパトリック殿を見たんだろうね……。弁解の余地なく殺されそうだ」
「レイモンド様、さっきから色々とアレンの事を失礼に言いすぎです!! 猛獣だとか狂愛だとか、アレンほど穏やかで、甘く、優しい人はいませんよ!!」
「はぁ〜!? エル様は一度、頭のネジを探しに行った方がいいよ。アレン様の何処をみて、穏やかやら優しいなんて言葉がでるのか分からないよ。頭がおかしいんじゃないの???
もういいから、エル様、降りて。降りて。
エル様、貴女はここから降りて、笑顔でアレン様に駆け寄っていき、抱きついてください。分かった?」
「な、なんでよ!!」エルティーナはレイモンドの提案に真っ赤だ。
「僕の命を助ける為にだよ。お願いだから、僕はまだ死にたくないんだ」
「駆け寄るのは安心させる為だと分かるけど、抱きつくのは無理よ。嫌がられたら、私…心が折れるわ……」
「………君達、絶対おかしいから。分かった分かった、じゃあ、アレン様の腕に手を置いて。これなら出来るでしょ。あーちなみに、サーベル持ってるほうね、分かった??」
「レイモンド様の言っている意味は分からないけど、やる事は分かったわ………」
「来るから、来るから、早く降りて」
「レイモンド様………やっぱり、アレンに失礼よ」
エルティーナは自ら、馬車を降りる。もうかなり近くまでアレンとバルデンが来ていた。
(「よく、分からないけど……約束は守らなくちゃ。笑顔で駆け寄り、サーベル持ってるほうの腕に手を置くね。よし!!!」)
「アレンーー! ただいま戻りました!!」
満面の笑みで駆け寄る、これは演技ではない。だって会いたかったから、アレンにそっくりな壁絵でも勿論嬉しい。でも…今はまだエルティーナの護衛。あとひと月はエルティーナのもの。
(「絶対誰にも渡さないんだから!!」)
薄暗い中でもアレンの色彩ははっきり分かる。
(「アレンは本当に綺麗なのよ!!!」)
アレンの近くまで行くと、嬉しくて身体が震える。レイモンド様に言われたら通りにサーベルを握っている方の腕に手を置く。
(「嫌がらないで……お願い…払わないで……。貴方に直に触ってないでしょう。お願いだから振り払ったりしないで……」)
触れた腕は硬い筋肉がついているのが分かる。太くて硬い……エルティーナの贅肉だけの腕じゃない。アレンはやっぱり凄い。
エルティーナはアレンの腕を見てから瞳を合わせるべくゆっくりと見上げる。アメジストの瞳と合わさった時、エルティーナは驚くほど美しく微笑む。
「アレン。ただいま」
「……お帰りなさいませ。エル様」
アレンは、エルティーナと見つめ合う。そして甘さたっぷり極上の笑みを浮かべた。
バルデン団長はアレンの表情に驚愕し、エルティーナは「ほらっ。アレンはやっぱり甘くて、穏やかで、優しいわ……」と、心の中でレイモンドに反撃しながら、アレンに癒されていった。