ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

 翌日。

「エルティーナ!!!」
「ラズラ様、おはようございます!!!」

 かるく走ってきたラズラをエルティーナは受け止める。そして ぎゅぅーーと抱き合う。

「はぁぁぁ。エルティーナの巨乳が気持ちいいわ、柔らかいしマシュマロみたいね。至福の時だわ。エルティーナとなら腹上死は最高ね。そう思いませんか?? アレン様??」

 先ほどから、エルティーナの斜め後ろから冷めた目でラズラとエルティーナを見ていたアレンにラズラは軽く攻撃してみる。
 グリケットから「くれぐれもエルティーナをダシにアレンをからかわないように」と今朝も注意されたラズラだが、意地悪は楽しい為に止められないのだ。

 抱き締めているエルティーナが一気に真っ赤に染まり、可哀想なくらいアワアワしているがそれは無視する。

 ラズラは勝ち誇ったように「うん? どうだ??」とアレンを見上げる。しかし上手はアレンだった。
 エルティーナに関しては色々純粋なアレンだが、ラズラが思う以上に男女の営みには経験があるし不自由していない。

「おはようございます、ラズラ様。腹上死なんてものは体力のない男の死に方です。よって私には全く関係ございません」

 さらっと爽やかに、いい返すアレンにラズラは不服だった。「あっそ」と楽しくなさそうに返事をし、エルティーナから離れ、美しい彫り込みがなされた椅子に座り肘をつく。

 ラズラが椅子に座ったのを見て、エルティーナも椅子に座る。まだ真っ赤なままであった。

 アレンが面白くないので、エルティーナに攻撃をシフトする。

「エルティーナ、真っ赤よ。相変わらずエッチね」

「違うわ!!」


  やはりエルティーナは可愛い。想像してるのか? しかし想像しているように甘くはならないとラズラは脳内でツッコム。
 エルティーナは夢を見過ぎだ。本当にアレンがエルティーナの上に乗ってきたら、先ずは肺が圧迫されて息ができなくなって死ぬだろう。エルティーナの腕力で意識のないアレンを移動出来るわけない。考えただけで恐い。

 そんな会話を繰り広げながら、二人は紅茶を飲む。
 鮮やかに色付けされたティーカップはエルティーナの大好きな薔薇が描かれており、それに付随したポット、皿、フォークやスプーンまでがセットになった美しい陶器の食器は見ているだけでも満足感が得られるものだった。
 しばらく美味しい紅茶やお茶菓子を食べていて和んでいると、ラズラが突然提案を持ち出してきた。


「エルティーナ、スチラ国に伝わるジュエリーを作ってみない?」

「ジュエリーですか?? はい! 作ってみたいです!! 自慢じゃないですけど、私、なかなか器用ですよ!!」

 美術品を愛でるのが大好きなエルティーナは、実は自分自身で編んだり描いたりするのも大好きで大得意だった。


「了解! では、じゃーーーあん!!
 実はもうジュエリーの材料は持ってきているのよ。あっナイフあるかしら?」

「ナイフ?? 何に使うのですか??」

「髪を切る為に使うのよ。だってヘアージュエリーだから。だいたいは自分の髪を切って作るのよ。貴族の令嬢の髪は皆、手入れが行き届いているから宝石にだって負けないくらい素敵になるのよ! 宝石の少ないスチラ国では大人気なの!!」

「まぁ!! そうなんですね。凄いです!! そんな伝統がスチラ国にはあるんですね。ナシル!! ナイフを持ってきて!!」

 どんどんと進む話にアレンが待ったをかけてくる。

「ラズラ様、待ってください。エルティーナ様の髪を切るのは止めて下さい。ジュエリーは沢山ございます。わざわざ作る必要はございません」


 これこそが、実はラズラの思惑通りなのだ。スチラ国伝統のヘアージュエリーは二つの意味合いがある。

 一つは自分の厄よけ。もう一つは愛し合う互いの髪を一緒に織り込む……お互いの魂を縛る意味合いを持っている。
 何よりも強い絆になり、裏切りや嘘をつくと裁かれると言われており、本当の夫婦であってもあまりする人がいない〝呪い〟とも言われていた。

 ラズラは後者をエルティーナに教えるつもりなのだ。

 二人の髪を一緒に織り込むのは、裏切るとお互いが裁かれるのだが、それを言うとエルティーナは作らないと言うのが目に見えているので、誤魔化して話すつもりだ。
 アレンの気持ちが、エルティーナから離れる事はあり得ないと分かるから出来るのだ。

 ラズラは絶対にエルティーナとアレンの魂を縛りたかった。今世で二人が夫婦になり愛し合う事はできなくても、来世では夫婦になり子供をつくって楽しく生きていってほしい。そう思う。
 だからこそ、スチラ国では恐ろしいとされている魂を縛るヘアージュエリーを教えるのだ。

 内緒に作るにしても先ずは、アレンの髪が必要だ………。
 正面きってアレンの髪を下さいとは言えない。アレンが『白銀の騎士』、『歩く宝石』と言われているのはラズラも知るところ。他国まで響くような美貌の持ち主なのだ。その人の髪を切るなんてあり得ないのは分かる。
 しかしエルティーナ第一主義のアレンが彼女の髪を切ると言えば、必ず食いつく。

(「きた!! ここだ!!」)ラズラは内心でガッツポーズをとる。

「そんな……せっかくエルティーナと友人になった証にお教えしようと思ったのに………残念でなりません」

「ラズラ様、大丈夫です。私は髪の毛くらい気にしません。大丈夫ですよっ」

「エルティーナ様、お止めください!!」

 アレンの少し苛立ちを含んだ声にエルティーナの瞳に薄く幕がはる。エルティーナは、アレンがどうして怒っているのか分からないのだ。

 どんなにエルティーナが残念に思っていてもこれだけは譲れないし、阻止したい。アレンにとって大切に護ってきた色々な事を失っていく今、何故これ以上、髪といえどもエルティーナを傷つけないといけないのか!? 冗談じゃない!! ジュエリーなんて、山のようにある。今更いらない。

 アレンはラズラに怒りを隠すこともなく、睨みつける。

「確かに……髪は女の命と言いますし……。あっ そうだわ!! アレン様の髪をくださいな。アレン様の髪は宝石のような輝きですし、ヘアージュエリーとしてエルティーナが身に付けるのに色合いがとても合うと思いますわ!!
 アレン様が髪を下さったら、エルティーナの髪を切る必要がなくなりますし!! いかがかしら?」

 ラズラの提案にエルティーナは絶句。控えていたナシル、侍女達も絶句。
 エルティーナの髪以上に、そんな恐れ多い事をよく言えるなとアレン以外の皆が思っていた。

(「私の髪をジュエリーに…。エルティーナ様が肌に付けるのか…そんなこと……」)

 アレンにとってラズラの提案は、胸が高鳴り身体が沸騰しそうな喜びを運んできた。

(「エル様は断るだろう。だったら、その言葉を可愛らしい口が紡ぐ前に……」)

 アレンはエルティーナ達から一歩下がり、腰に下げていたサーベルを抜く。ゆるく編み込み、後ろに流している美しい銀髪を素早く切ったのだ。


「………ア……レン……」

 あまりの光景に呆然とするエルティーナ。声にならない悲鳴をあげるナシル達は今のあり得ない状況を理解しようと、必死に止まっている頭を動かす。

 アレンはそんな皆の状態を目にも止めず。サーベルを鞘に戻し、エルティーナの側に寄る。
 目を見開いて呆然としているエルティーナの手の上に、今まさに目の前で切った美しく輝く銀色の髪を置く。


 愛しさを惜しげもなく入れた、エルティーナだけに向ける甘く蕩けるような声と表情で…。

「エルティーナ様、どうぞ。お使い下さいませ」
 そう言ったのだ。

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