ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

62話、ヘアージュエリーの本当の意味

「えっ……何………何が起こってるの……。使うって、えっ………これを…………うそ… 」

 エルティーナは呆然と手のひらにのる、光を反射させ輝いている銀糸のような髪を凝視する。

 指の間を滑り落ちそうになり、手の中にある銀糸の髪を咄嗟に握る。たっぷりとしていて手に馴染むそれはアレンの髪……。
 こんな風に掴んだのは初めてで、いや触れたのだってメルタージュ家で会った十一年前のたった一度きり。
 手の震えが止まらない。突然の出来事に思考がついていかない状態だった。


 一連の流れを側で見ていたラズラは、自分で提案した事であってもかなり引いていた。

 何のためらいもなく切った……あれほど沢山…バッサリと……。アレンに対して恐怖を感じた。アレンほどの美貌で、宝石ともてはやされていたら、普通だと少しは躊躇うもの……。
 だいたい、ここまで美しく保つのには必ず自分自身の意識があってこそ。アレンが自分に酔うタイプじゃないとすると、この神がかった美貌もエルティーナが喜ぶからしているということだ。ラズラは想いの深さに寒気がしていた。

(「くすんっ。エルティーナ…可哀想に…嬉しいのを超えて、恐れおののいているじゃないの……私が助けてあげるからね!!」)

「まぁ、流石アレン様。お顔に似合わず豪快ですわね」小さく嫌味も入れてみる。


 髪を切るなら、ナイフでシャシャと切ればいいのに、サーベルでバッサリと躊躇なくだ。正直なところそれほどいらない。アレンのエルティーナ第一主義がブレ無さ過ぎてラズラは呆れを越して尊敬の念を抱いた。

「……たくさん頂だけたから、何も混ぜずに土台から全て髪の毛だけで形を作れますわね!! 良かったわね、エルティーナ!!」

 エルティーナは微動だにせず石のように固まっている。

「エルティーナ!! 聞いてますかしら!?」

 ラズラは、今だ呆然としているエルティーナの耳元で叫ぶ。


「ふぇっ!! あっあっこれ、こんなに……何で…」

 エルティーナはもう訳が分からなくなっていて泣きそうであるのに対し、アレンは恍惚とした表情である。
 動揺しながらも自身の髪を大切そうに掴んでいる姿は、アレンの独占欲を満たし、それをエルティーナの滑らかな素肌に付けているのを想像するだけで身体が熱くなるのだ。


 アレンとエルティーナの醸し出す雰囲気が違い過ぎて笑えてくる。まさに天国と地獄。ラズラは嬉しそうなアレンを見て「まぁ…いいか」と無理矢理納得させた。と同時に、今後アレンをみた令嬢達の悲痛な叫びが聞こえてきたが、知らないと脳から追い出す。

「はい。はい。エルティーナ、見てみて、これがヘアージュエリーの土台になるの」

 ラズラはこれ以上、エルティーナの心の負担を重くしない為に、軽い口調で話し始めた。だんだんと落ち着いてきたエルティーナも、ラズラの言葉に耳を傾けていく。

(「………しかし、この子いつまで、髪の毛を握り締めているつもりなのかしら………まぁいいか、説明中だし」)


「作り方、分かった? 結構難しいけど、慣れれば時間はそこまでかからないから」

「……はい」

「ねぇ。エルティーナ。触り心地がいいのだろうけど、いつまで握っているつもりかしら、それ」

「……あっ!!」

「最初の土台だけ、作りましょう。ね!!」

「……はい。お願いします」

 エルティーナは一先ず深呼吸をして、握り締めていたアレンの髪をテーブルに置く。ラズラに言われた通りに少しだけ手に持ち、ゴールドにきらめく絵画の額縁のような板に銀糸の髪をのせていく。

「ここに置いて、そうそう、裏にそのまま通して。あっ違う違う、このあたりを裏に回すのよ……って何これ!? さらさら!? これ人の髪なのかしら!?
 目の前でバッサリいったのを見たから、間違いないのだろうけど。本当にさらさらね…女として負けた気がするわ………」

「はい…本当にさらさらです……羨ましいです。あっ!! 私まだっ……」

 斜め後ろで静かに立っているアレンに身体ごと向きを変え、礼を言う為見上げる。

「アレン!! 私、お礼言ってなかったわ!! ごめんなさい!! 今更だけど、ありがとう!! こんなに……貰って、驚いてしまって。お礼を言ってなかったわ……。こめんなさい」

「いいえ。気に入って頂き嬉しく思います。髪を伸ばしていた甲斐がございますよ」

 アレンの優しい声にエルティーナは満面の笑みを返す。アレンが何よりも大切に守りたい一番大好きなエルティーナの表情だった。


「アレンの髪は、本、当、に、美しいわ! 銀糸のようね!! 絶対、綺麗に作るから。……大事にする。宝物にするわ」

「出来上がりを楽しみにしております」

 エルティーナとアレンの甘いやり取りを見て、ラズラの唇は自然に弧を描く。演じることが当たり前の今、これほど自然に笑える事に驚いた。

「私もまだ、自然に笑えるのね……やーね、表情が戻らないじゃない……」

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