ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

 馬車の中、一緒に乗り込んでいるダルチェがレイモンドの顔を覗き込む。

「レイモンド様、どうしました? その様なお顔をされて……」

「ねぇ、ダルチェ。アレン様、エル様の護衛を離れた日から王宮にいないみたいなんだ……。教会で見たって噂が本当だったら…僕、悪魔みたいだよね……」

「どうして、レイモンド様が悪魔なんですか? 天使とはいい難いですが…悪魔は酷いです」

「ダルチェ……あまり褒められた気がしない」

「褒めてませんわ。的確な表現をしたまでです」

「…………そう…だね。………ダルチェ。あのエル様第一主義のアレン様が、教会に祈りに行くとは思わないんだ。彼は騎士だし、祈りより即実行派だしね。
 想像だよ、想像なんだけど……当たっていそうで、恐いんだ………。
 しばらく王宮で見ない。エル様の側にいない。レオン様も知らない。祈りではない理由で教会に行った。
 ………アレン様は………宦官になるつもり…かも……それしか考えられなくてさ…」

 レイモンドの言葉にダルチェの目が見開く。膝の上の手が震えている。

「………それだけの想いをアレン様がエル様にもっているのは分かるんだ………。
 エル様に結婚を申し込まない方が良かったのかな………流石にこれはキツイよ。同じ男として…」

 馬車の中は苦しみで満ちていた。そして後に、レイモンドはこの日の事を後悔する。

『無理にでも、エル様を王宮から隠せば良かったと……』




 アレンはエルティーナの護衛を離れた次の日、朝早く騎士団におもむき、バルデン団長とキメルダ副団長に話を通し長い休暇をとった。
 キメルダ副団長はなんとも言えない顔をし、バルデン団長は最後まで「考え直せ」と大音量で喚いており、心の中で「うるさい」と悪態をつきながらアレンは一言も話さず政務室を出た。


 それからその足で教会に行き、司教から書類を貰うため教会の長椅子に座っていた。

「お待たせしました。アレン・メルタージュ殿」

 長く生きた時を感じさせる低音の穏やかな声が耳に入る。まるで歌っているような話し口調である。
 椅子から立ち上がり騎士の敬礼をし、話しだす。

「お忙しい中、申し訳ありません。書類を頂きに来ただけですので、すぐに教会から立ち去ります」

「話しはしてはくれないのですかな? 勿論私は誰にも話しません」

「お話しする事はございません。決めた事ですし、できれば手術は早くお願いしたい。長く王宮を離れたくないのです」

「……わかりました。ついて来なさい、ここで話すのはここまで。美しい貴方は目立ちますので、皆が見惚れて仕事が進まないようですから」

「………はい」

 司教の後をゆっくりとついて行く。王宮とはかけ離れた分類に位置する教会は贅沢は一切ないが建物の造りは荘厳だった。誰もが有難く思い。祈りを捧げる。

 しかし神を全く信じていないアレンには、ただの建物としか思えなかった。
 荘厳な建物を見ても、亡き芸術家達の作品を見ても、美しく磨かれた廊下を見ても、無反応なアレンを見て司教は穏やかな中に驚きを隠せなかった。

「貴方はどんなことにも、興味がないのですね……そのようなところまで、ツリィバ神そのままですね。教典の中から抜け出してきたようで驚きます」

 司教の問いには答えずただついて行く。誰もいない長く続く廊下で司教は止まり、こちらに身体を向ける。


「部屋にいけば他の人がいます。ここには誰もおりません。宦官になる理由を聞かせて下さい。でなければお受けできません」

 司教の真剣な目をそらす事は出来ず、アレンは正直に答えるしかなかった。

「誰よりも近くに、いついかなる時も側にいれるように。男でなくなったら今以上に側にいれる。私はエルティーナ様の一番になりたい。希望としては美術品のように愛でて貰えたら嬉しいです」

「貴方の愛は狂っていますね」

「今更です」

「それで、そのようなものをつけているのですか?」

 司教のいきなりの話しの振りに一瞬固まる。

「………なんのことですか?」

「その首からかけているネックレスです。スチラ国に伝わるジュエリーですね? かなり美しい細工のなされたチェーンです。そのチェーンを使うのはヘアージュエリーのみとされております。
 エルティーナ様と来世は一緒になろうと、約束でもされましたか?? 互いの魂を縛ると言われている、呪術のようなそれを作られるとは……愛に狂っているのは貴方だけでなくエルティーナ様もですか?
 そんな貴方たちが……私は…恐い」

 司教の言い回しに疑問を抱く。


「これは私の身を護る為。身代わりになるからと言われ、エルティーナ様から頂いたのですよ」

 アレンは軍服の前のボタンを何個か外し、胸元をくつろがせヘアージュエリーを見せた。

「あぁ、失礼致しました。勘違いです。申し訳ありません。貴方の髪だけで作られているのですね。
 私が話したヘアージュエリーは、それとは違います。
 夫婦や恋人どうしがどうしても離れたくない。来世でも固く結ばれたい。と願い、お互いの髪を固く結び付けて作るヘアージュエリーの事です。
 互いを裏切れば罰が下ると伝えられているので、あまりに恐ろしく夫婦でもしないのですが……貴方ならしそうだと、思ってしまいました」

「結構な言われようです。でもそのようなものがあれば是非作りたい………本当に来世でもお会いできるなら……」

 アレンはヘアージュエリーを手に取りそれを見つめる。

「……やはり、貴方の愛は恐いですね」

 司教の言葉が遥か遠くから聞こえた気がした………。


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