ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』

 惚けながらも何とか部屋に入ったエルティーナに、ナシルや侍女達から怒涛の質問攻撃がふってくる。

「エルティーナ様!! アレン様はまた護衛に戻られるのですか!?」
「エルティーナ様! エルティーナ様!! いつ何処で会ったんですか!?」
「いつから、あんな濃厚なスキンシップするようになったんですか!? エルティーナ様!!」
「エルティーナ様!! 聞いてらっしゃいますか!?」

「「「エルティーナ様!!!」」」

 皆の質問の大合唱は、同じくエルティーナも質問したい。

「わ、分からないわ!! 私だって、分からないの!! 何がどうなって、こうなったか?? 幸せ過ぎて、恐いわぁーーー!!! 何!? 夢ぇーー!?」

 叫び出すエルティーナに一同がシーンとなり、室内は一気に静寂を取り戻した。

「ごほんっ。まぁいいでしょう、ドレスを脱ぎましょうか」

 一番最初にナシルが冷静になり、本来の仕事に戻るべく。鶴の一声で場の空気を変えた。

「エルティーナ様? その手に握っているのは何でしょうか?」

「うん? あっこれは。うふふふふ、なんとミダのチョコレートです!!」

「「「うそーー!!!」」」侍女の黄色い声の後ナシルの一括が飛ぶ。
「貴女達!! 静かになさい!!」

「「「………申し訳ございません……」」」

「アレンから、貰ったの!!」

「今、食べられますか? お茶をご用意致しましょうか?」

「食べないわ! 食べないわよ!! 勿体無いじゃない!! しばらくは眺めますっ」

 偉そうに意地汚い発言をするエルティーナに、くすくす笑いがもれる。そんな会話をしながらも寝る支度はすすむ。


「では、エルティーナ様。明日は、お茶会がございますので、朝食はこちらにご用意致します。素敵な夢を……おやすみなさいませ」

「おやすみなさい、ナシル」

 寝室のドアがゆっくりと閉まっていく。しっかりと閉まったのを確認した後、エルティーナはいつもの宝物を取り出す。引き出しの奥にある、秘密の宝物。

「今日は、とても素敵な日だったわ。元気そうなアレンに会えて。初めて抱き合ったわ、本当にびっくりよ!! これから見かけたら抱きついていいって、夢みたいだわ!! ミダのチョコレートまでゲットできたし!!」

 太陽の香りのする寝具に潜り込む。
 胸に冷んやりと当たるヘアージュエリーを感じながら、サイドテーブルに置かれたミダのチョコレートを視界に入れる。
 今この王宮にはアレンがいる。恐い気持ちが取り払われ、エルティーナはとても心地良い眠りに落ちる。

「おやすみなさい……(ア…レ……ン)…」




 ガタン。カダッ、、、ガチャ、、、

 聞き慣れない物音に眠りの淵から現実に引き戻される。
「……朝?? …ではないわ…よね……」疑問は、そのまま恐怖に変わる。
 口元を大きな手に押さえつけられ、エルティーナの上に誰かが覆いかぶさる。

「誰!?」

「うひょー上玉だな!! 肌も柔らかいし、いいなぁ〜」

 エルティーナに馬乗りになっている誰かの声が耳に入り、腹には堅いモノが当たっていて。それが何か分かった時、頭が真っ白になる。その直後、喉に手がかかり何かが首に刺さったと感じた。

(「やめて!!!」)
 叫んでみても、声は出ない。

「どうも、こんばんは。エルティーナ姫様、私はバスメールのものでして……貴女の命をもらいに参りました。ですが貴女ほどの上玉をただ殺すのは忍びないので、少しだけ遊んでくださいな」

 丁寧な口調だが、身体中を舐めまわしているような声色は嫌悪感しかしない。

 寝具がめくられ、出ない声を出そうとして左側の感覚がおかしいのに気づき目を向けると、左腕が切り落とされていた。血が流れているのを呆然と見ていたら、先ほどの丁寧な口調の誰かが、エルティーナの上に乗っている。

 今まさに始まろうとしている行為に、何故か冷静に「最低」と思った。
 痛いとか、恐いとか、感覚なんてのはすでになく、早くこの行為が終わればいいと思っていた。

 いったい何人だろう。

 意識がなくなり、戻った時には違う人になる。限りなく続くのではないかと思うこの行為。首を左に向けると、ミダのチョコレートがあって………。
(「あぁ……チョコレート……我慢しないで…食べれば良かった」)と思う。

 意識が薄れていくと、エルティーナと遊んでいる男達は楽しくない。だから、言葉遊びをしてくる。

「しかし、まさか本当に生娘とはな、あまり綺麗じゃないから周りは興味が無かったんだな」

「白銀の騎士様も、あれだけ側にいながら手を出さないのは分かるな、これじゃあな」

「こんな身体では残念でならないな」

(「アレンは理想が高いのよ!! 私なんかを相手にしないわ!!!」)

 声が出なくても必死に口を開き、男達を罵倒する。強がったところで、涙を溜めて必死なエルティーナの姿は男達を煽るだけ。身体の感覚が全て無くなった頃、やっと行為は終わった。

 細いピアノ線が首にかかり「殺されるんだ」と分かった。

「目を閉じてください」
 場にそぐわない優しい声の方に目を向ける。

(「……こんな…人…いたかし…ら」)不思議そうなエルティーナの顔を覗き込む人。

「申し訳ありません、すぐ終わります。どうぞ私を恨んでください。
 私にとって司教は命より大切な方。私の全てです。エルティーナ姫を殺したら司教は解放されます。神も私を許しはしない。ですが、私は貴女を殺します」

 口早に懺悔する男性。その人の瞳からは大量の涙が溢れており、思考が止まっていたエルティーナの脳が通常使用に戻っていく。

 エルティーナの焦点が自分に合ったと分かった男は、これだけは言わなければという熱さがこもる目を向けてきた。

「エルティーナ姫。先ほどの男達の話は全て嘘です。白銀の騎士様は貴女を一人の女性として、全身全霊をかけて愛しておりますよ」

 口早に懺悔をする人の脈略のない発言に、エルティーナは思わず目を見開く。そして咲き誇る花のように笑う。

 生まれて初めて言われた、なんて素敵な言葉。
(「アレンが私を女性としてみてる? 愛している? なんて……素敵っ」)

 よく分からない。痛さと熱さでよく分からない。けどきっと貴方は優しい人。そんな貴方に届けばいいな。そう思いながら…。

「…や…さ……し……そ…………う……」
(「優しい嘘をありがとう」)




 切り落とされた首は床に転がる。優しい人は…切った頭を抱え、ベッドから一番遠くに置かれた重厚な造りで花の浮き彫りが綺麗なドレッサーを開け、中にエルティーナの頭をそっと置く。

 滴る血は涙のようだ。

「エルティーナ姫。嘘ではないですよ……男を捨ててでも、貴女の側にいる事を望むのです。それが愛でなければ何なのですか?」

 もう話さなくなったエルティーナに、優しい人は問いかけた。もちろん返事は返ってこなかった。




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