ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』
68話、白銀の騎士と王女
ガンッ!! ガンッ!! ガンッ!!
扉が叩かれる音で三人は目覚める。軽く眠るつもりが酒の量が多く、アレン、レオン、キャット、皆が深く寝入っていたのだ。
「っアレン様!! 入ります!!!」パトリックの悲痛な声で扉が開く。
開いた先に、レオンとキャットがいることに驚き。そして苦しそうに口を開く。
「っ……エルティーナ様が、暗殺されました。頭部が切り落とされ、その場に頭部がないので本人かどうかまだ確認はされておりませんが、間違いないだろうと。
っアレン様!!! 待ってください!!!」
パトリックの言葉を最後まで聞かず、アレンは走り出す。
レオンとパトリックはアレンの後を追う。
呆然と固まるキャットもエルティーナの部屋に向かうべく立ち上がった。
キャットはもう無駄だと分かっていても、間違いであって欲しいと強く強く願う。
「この世に神がいるなら、その神を恨んでしまいそうだ!! あなた方神はどうしてこれ以上、兄上を苦しめる!
兄上が何をしましたか!! エルティーナ様を返してください!!!」
そう叫び続けた。
エルティーナの部屋の近くには人集りが出来ている。エルティーナの侍女達の嗚咽と泣き声が響くだけで、衛兵達、一番早く駆けつけたエリザベス、誰もが動けずにその場にとどまっていた。
アレンは無言のまま、足を進める。
部屋の外まで血の匂いが香る…。
アレン、レオンの姿を見て皆が道をあけ、見慣れた部屋を入り、開けられた寝室に足を入れた。
明るくなった部屋の中。エルティーナらしい可愛いピンクの寝具は真っ赤に染まっていて…。
真っ赤に染まる寝具の上には、真っ白な肌が半分ほど血で赤く染まっていて、物言わぬ痛々しい身体となり、静かに横たわっていた。
頭部と左腕が無く。
血液ではないと分かる…白く濁る液体が、白い肌にべったりと…尋常でない量がついている…。何があったか嫌でも分かる姿…。
誰もが動けず何も話せず、只々目の前の物体を見つめている。それを破ったのはアレンだった。
室内を見渡す。真紅の絨毯が血で固まり色が濃くなっている。飛び散った血の量が多く視界が悪い。皆の考えだと頭部は持ち出されたと思っている風だが、アレンは違う確信があった。
頭部は重い。意識がなくなり死体となればなおさら頭部など荷物にしかならない。ならば部屋にあるはず、絶対にあるはず、はやく見つけなければと、その思考だけが脳内を統べていく。
頭部が入りそうな棚を開けるが、違う。カーテンを開け窓の下をみるが、違う。その時、窓から入り込んだ光りにキラッと光る物体を見つけた。
アレンの意味不明な行動に呆然と立ち尽くす皆。「何をしている?」 という視線を浴びながら、アレンは目的の場所に身体を移動させる。
花の浮き彫りが美しい大きなドレッサーから、数本の淡い金色の髪が見える。何よりも愛しい大好きなエルティーナの髪。アレンが見間違うはずはない。扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。
開け放たれた先には金色の塊。
アレン側からはエルティーナの表情は見えない。たっぷりある金色の髪でエルティーナの表情までは確認出来ない、が見ようとも思わなかった。苦しみぬいた愛しい人の顔を見たら最後、自分が何をするか分からなかったからだ…。
血がまだ乾ききっていない頭部を大事に抱え運ぶ。頭部は横たわる身体の元ある場所に置き、天蓋に広がる布を引きちぎり、遺体に被せた。
「…エルティーナ様に間違いない。王と王妃に確認してもらう必要はない」
そういってアレンは踵を返す。
「逃走経路は間違いなく庭園だろう。わざわざ騎士の宿舎を通るとは考えられない。王と王妃に報告にはいったのか?」
アレンの静かな声に衛兵は正気に戻る。
「はい。二名向かいました」
「各国の重鎮が王宮内にいる。騒ぎを起こさないよう余っている衛兵で庭園を調べろ、頭部を切断したのはサーベルではなく特殊加工された糸かワイヤーかだ。探せ」
「は、はい!! かしこまりました!!」
アレンの命令に動き出す衛兵達。いまだ呆然と固まっているキャットにアレンは話す。
「キャット、衛兵では王と王妃に会うまでに時間がかかっているんだろう。お前が言って報告してきて欲しい、きっとそれが一番早い」
あまりに冷静なアレンが、キャットは不安で仕方なかった。今この場を離れたくなく……でもアレンの言うことはすべて的を得ていて、キャットはエルティーナの部屋を後にした。
エリザベスはそのアレンの冷静な発言が、行動が、腹立たしくて一気に頭に血がのぼる。アレンの胸倉を掴み、壁に押し付けた。
「貴様の頭はどうなっている!! エルティーナが殺されて、こんな姿にされて、何故そんな冷静に対応ができる!!!
お前の心臓は氷で出来ているのか!!! あれほど側に居て、悲しんでやらないのか!汚い屍体には興味がないのか!?」
エリザベスだけではない。レオン以外この場にいる皆が思っている心からの叫びを、代弁するようにアレンへぶつけた。
そのまま殴りそうなエリザベスを、レオンが背後から羽交い締めにして、アレンから離す。しかしエリザベスの叫びは終わらない。
「護衛でなくなったら、それで終わりか!! お前にとってエルティーナはそんな存在か!!!」
まだ続くエリザベスの怒りの言葉が、静寂の間に響きわたる。
聞いてられなくなったのはレオンだった。エリザベスの口を手のひらで塞ぎ、涙を流すエリザベスをそのまま強く抱きしめる。
アレンは静かにそれを聞き「レオン。サーベルをとりに一度部屋に戻る。お前のも一緒に持ってくる」それだけ話し、部屋を離れた。
「レオン…何故、止める。何故、言わしてくれない……アレンはエルティーナを愛してないのか??
あの二人は愛し合っているのではないのか?? 何故、あれほど普通なんだ!! お前は、あいつを見て何も思わないのか!!!」
涙を流しながら、訴えかけるエリザベスの口をまた塞ぐ。
「エリザベス、それ以上言うな。アレンはエルを愛している、誰よりも。何よりも。アレンほどエルを愛している人間はいない。エリザベスには分からない!! エリザベスには…分からないんだ……アレンの覚悟は!!!」
キャットと共に、王と王妃がエルティーナの部屋に到着するまで、レオンはエリザベスを抱きしめ続けた。
何故エルティーナが殺されたのか? 王でもなく、レオンでもなく、クルトでもなく、王家の血ではない事はたしかだった。
建国記念の日間近のこの事件。ただ殺すだけでなく、辱めての殺人の理由は謎だった。