ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』
エルティーナを殺し国に混乱を投下した筈が、一向に動かないボルタージュに攻撃を仕掛けたのはバスメールだった!!
ボルタージュ国境の町人を人質にとり。バスメールの要求をのまなければ、一人づつ見せしめに殺していくというのだ。
民の命を賭けに使う卑劣なやり方に憤りを感じるが、戦争をしてしまうと多くの犠牲が出るのは止められない。
バスメールの言い分を聞く為、話し合いの場が設けられた。
謁見の間には、王であるダルタ、宰相のクイン、レオン、バルデン団長にキメルダ副団長、そしてスチラ国代表として、グリケットとラズラが一同に顔を合わせていた。アレンの姿はそこにはなかった。
「はじめまして、私、バスメール国宰相のガルダン・スタードと申します。こちらと致しましても穏便に終わらせたいのです。一つ申し上げますと、私どもは強いです!! 正面から戦わなくともやり方はございます。それはよくご存知かと思いますが……」
エルティーナの〝死〟を話しているだろう事は誰にでも分かるが、今ここで挑発に乗るのはマズイ。
「御託はいい。さっさと要件を述べよ」
謁見の間にバスメールの王がいない事が最も許し難かった。
「それでは、バスメール国は…」
宰相ガルダンが話し始めようと書状を開いたちょうどその時、人々の叫び声が謁見の間にまで聞こえてくる。
遠くで響く叫び声は、段々と近づく。叫び声と共に強い制止を呼びかける声もする。
謁見の間にいる誰もが何が起こっているか分からず、近づいてくる叫びは悲鳴だとはっきり認識した時、バルデン、キメルダはサーベルに手をかける。
謁見の間のドアが開く。
全員が固唾をのんでドアを見つめる先……、入ってきたのはアレンだった。
そしてアレンの衝撃的な姿は皆の時間を止めた………。
『白銀の騎士』と言われる所以のアレンの白い軍服は返り血だろうか、時間がたち所々が赤黒く変色している。
サーベルは抜き身のまま右手に持たれており、左手には人の頭が………。
「謁見をする必要はない………人質をすでに何人か殺し、それを笑いながら見学していたバスメール王、王太子、王女の首です」
アレンはバスメール宰相ガルダンが座る椅子近くに、三人の頭を投げつけた。
硬直する全員……いち早く動いたバスメール宰相の護衛の三人。アレンは何のためらいもなく首をはねた。
今の出来事にボルタージュ側の人間は誰も動かない。いや…動けないのだアレンの姿に恐怖して。
「貴様………」宰相ガルダンの毒々しい声の後は彼の悲鳴。
「ギァぁぁぁーーー!!! 腕がぁーーー!!! 誰か、助けてくれ!! 腕がーー、早く助けてくれーーー」
斬られた腕が転がる。その直後アレンは喚くガルダンを蹴り倒した。
「腕一本で、自分は命乞いか? 腕を切り落としてから、苦しむエル様を抱いて、楽しかったか?」
アレンの感情のない声を聞いて、ガルダンが喚くのを止める。
「知らん、知らん、何の話だ!!」
「エル様の身体は気持ちよかったか? お前にはじめを譲ったと聞いた。殺すだけでは勿体無いから遊ぼうと言ったそうじゃないか。何度も抵抗しなくなるまで…」
「止めろぉ…ぁ……ぁ」
叫ぶ声が煩わしくて、喉を潰す。
「左腕を切り落とし、喉をつぶし、抵抗しなくなるまで抱きつぶして、首をはねた。これで間違いないな」
アレンの言葉にガルダンは目を見開く。それを肯定ととり、サーベルを心臓ギリギリに突き立てた。軽く血が吹き上がる。
「しばらく、苦しめ」
そう口にし、アレンはガルダンの側からゆっくり離れ、固まって動けないボルタージュ側の人に騎士の拝礼をする。
「自室で待機致します」
そのまま謁見の間を離れていくアレンを呆然と見送るしか出来なかった。
アレンは独断でエルティーナの死に関わった全ての人を調べ上げ、単身で乗り込み全員の息の根を止めたのだった。
「レオン様!! アレン様の自室に連れて行って下さい!! 今しか駄目です!! ここで食い止めないとアレン様の心が壊れるわ。エルティーナは恨んでない。絶対に! 笑っていたから、辛い顔では無かったのよ」
ラズラの声にレオンは頷く。
「あぁ、行こう。父上…」
「早く行ってこい」
「はい」
ラズラとレオンは謁見の間をいきよいよく飛び出した!!
アレンの姿は恐怖だった。騎士の宿舎までの道程、侍女や騎士達、王宮に滞在している令嬢や貴族、皆を恐怖に落とし入れる。
血だらけの軍服もだが、アレン自身の雰囲気も普通ではなかったからだ…。
パトリック、フローレンスも、アレンを目にする。一体何が起こったのか、何故こんな血だらけなのか、疑問を投げかけれる状態じゃなかった。
アレンは自室まで戻り、そのまま静かにドアを閉める。何もない部屋の中、ベッドの縁に背中を預け座り込む。何も考えられない頭は白い靄がかかっていた。
心臓がいつもと違うように脈打ち、喉が熱くなる。咳と一緒に大量の血が口から溢れ出る。それさえも他人事のように感じていた。何故か……苦しくない。靄の中、それだけが救いだった。
(「苦しくなるたび、吐血するたび、エル様を思い出し幸せになる。
十一年前に吐血する私を抱きしめてくれたエル様。苦しい時は…いつも…貴女の温もりを思い出す…」)
それをもっと深く感じたくてアレンは瞳を閉じた。
「アレン……」
馴染みの声がアレンを現実に引き戻す。返事はしないが、少しだけ顔を上げる。謁見の間を血の海にした処罰かと……冷静に思ったからだ。
「ねぇ……アレン様、ヘアージュエリー、持ってます??」
なんの脈絡もないラズラの問いかけにアレンは驚きそして律儀に答える。
「持っています」そう話し、軍服の前をくつろがせエルティーナから護衛終了時に貰ったヘアージュエリーを出した。
「それ外してくださらない。エルティーナが持っているのと交換して欲しいの。エルティーナには青色のドレスを着せていてね。貴方の髪だけで作ったヘアージュエリーの方が似合うだろうし。はい、これは貴方が持っていて!! エルティーナの気持ちだから 」
ラズラから渡された血まみれのアクセサリーを見て不思議に思う。
ヘアージュエリーはエルティーナの肌に付けて欲しいと思っていたから、ラズラには何も言わず。今まで外す事の無かったヘアージュエリーをラズラの手に置いた。
「喜ばないの? 感激するかと思ったけど…普通なのね? それとも、ヘアージュエリーの意味を知らないのかしら??」
「ヘアージュエリーの意味は知っております。二つ意味がある事も。それが何か?」
「うん? あっ血みどろで分からないのね、そうよね!! ごめんなさい。貸して下さる? 水、水、……」
とラズラはブツブツ言いながら、部屋に設置された洗面所の水を勝手に出して、何やらごそごそ。
「よし! 綺麗になったわ。はい、どうぞ」
ラズラはもう一度アレンの手のひらの上に、エルティーナの遺体の下にあった彼女が内緒で作った秘密のヘアージュエリーを置いた。
手の中に置かれたヘアージュエリーを見て驚愕する。アレンの美しいアメジストの瞳から涙が溢れ落ちた。
「…これ…は………」
「だから、それがエルティーナの本当の気持ち。勿論、意味を理解した上でエルティーナは内緒で作ったのよ。
今世では貴方とは夫婦になれない、でも来世で一緒になれたらいいなぁって。私を好きになってくれたらいいなぁって。言ってたわ……。
十一年前に初めて会った時からエルティーナは貴方に恋をしていた。
ずっと…一人の男性として貴方を見ていたし愛していたのよ……ほんと馬鹿よね貴方達は……」
美しい銀色の髪と美しい金色の髪が、固く固く結ばれて織り込まれたヘアージュエリーを握りしめる。
「………エル様、愛しております。……今までも、そしてこれからも、永遠に……貴女だけを………」
アレンは、甘さたっぷりの微笑みでヘアージュエリーに口付けをする。
久しぶりに見る…この世のものとも思えない、美しいアレンの甘い表情にレオンもラズラも魅入る…。