ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』
美しい庭園に隣接する大広間。そこでエルティーナの葬儀が行なわれる。
ボルタージュ国民には、暗殺ではなく事故死としエルティーナの死は伝えられた。真実を知るのはほんの一部の人だけだった。
大広間には続々と貴族が集まっている。
エルティーナが眠る棺は可愛らしさたっぷりで、棺にはエルティーナが大好きだった薔薇の彫刻が施されている。今を生きる彫り師のトップを集め造られた棺は、生前のエルティーナを体現するようなものだった。
特殊な蝋を使いエルティーナのバラバラにされた身体は、固められ出来るだけ綺麗に見えるようにされている。それでも痛々しい姿ではあった。
ただ表情は殺されたとは思えないくらい穏やかで、軽く口角が上がっている。
死後硬直している為、表情までは変えられない。だからこそエルティーナの遺体を見た面々が疑問をうかべるのだ。
陵辱され殺されたはずのエルティーナのなんとも幸せそうな表情は何故なのか、ボルタージュの人には分かるはずもなかった。
バラバラにされたエルティーナの遺骸。それを元に戻す作業を一手に引き受けていたラズラが感慨深く棺の中を覗き込む。
返事は決してかえってこないと分かっていても宝石が散りばめられたドレスを纏うエルティーナに話しかける。
「エルティーナ。貴女は陵辱されてもなんでこんなにも綺麗なのかしら、内からくる美しさなのかしら?
もう……なんで、笑ってるの? 不思議な子ね……最期にいい事でもあったのかしら。ねぇ? グリケット様」
「ラズ……」
ラズラの背後にいたグリケットは、ラズラの呼び声でやっと棺の中に眠るエルティーナの姿を目に入れる。
「アレン様は?」
「……アレンは来てないよ。来ないつもりだろう。謁見の間を血の海にして、バスメール国を混乱に陥し入れたからと謹慎している。あれは頑固だからね…」
「はぁ!? 謹慎!? 何それ!? エルティーナの葬儀なのよ? ボルタージュの埋葬は棺を閉めた後、その鍵は溶かしてしまうのよね?! もうエルティーナには会えないのに!?
っていうか、アレン様はあれから一度もエルティーナに会ってないわよね!? 何故!? 何で!? 意味わからないんだけど!?」
「ラズ…言葉使いが悪いよ…」
「会いたくないはずないのに…せっかく綺麗にしたのに…」
「うん。綺麗だね。流石ラズだ。アレンは、まぁ…最後はレオンあたりが引きずってでも連れてくるよ。もちろん私も手伝うつもりだしね。
いい顔だ…不思議なくらい。最期に何があったのかな? エルティーナは演技派だからね……色々驚いたよ。まさかヘアージュエリーを作るぐらいアレンを愛していたとは思わなかったよ。エルティーナがアレンを男として見ていたなんて……そんな風には見えなかったから…女の子は怖いね」
「エルティーナもだけど、私はアレン様が恐いわ。一国を落とすなんて、って思ってたけど。それもビックリだけど。
だけど宦官って。何それ。何処までぶっ飛んでいるのかしら。信じられない!! 信じられないわよ。どれだけエルティーナの事好きなのよ…重っ。
……………ほんと…馬ッ鹿みたい……」
グリケットはラズラの発言に言葉を詰まらす。
エルティーナの死後。護衛騎士としてついていたアレンがフリーになる。エルティーナの死を悲しむよりも、ボルタージュ国の独身貴族女性はアレンがフリーになると舞い上がっていた。
エルティーナの葬儀に出席する為に王宮に訪れていた貴族達はここぞとばかりにアレンに娘を勧める。そんな彼らにアレンは一言。
『私は去勢して宦官となりました。宦官となった為、生涯結婚するつもりはございません。確認したいのであれば、どうぞ』
他人ごとのように話すアレンに皆は絶句。知らなかった国王夫妻、ラズラやグリケット、エリザベスやフルール、警備についていたラメールやパトリック、皆が硬直している。
知っていたレオンやメルタージュ家の面々、ボルタージュ騎士団長、副団長も苦々しい表情を隠さなかった。
「アレンの覚悟に恐れ入るよ……」
「とるなら……。とる前にエルティーナを抱いてあげれば良かったのに…。
だったらエルティーナの初めてが脂ぎったおっさんにならなかったのに……」
「言っても遅いよ………」
「分かってます。分かってるの、でもあんな姿のエルティーナを見たら言いたくなるわ。アレン様の気持ちも痛いほど分かるけど…」
ラズラはエルティーナの側から離れ、席に戻る。上流階級貴族達の列席が完了し、エルティーナの葬儀が始まろうとしていた。