ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』
同時刻、王宮内。大広間に続く回廊を警備していたジルベールが苛立ちふくんだ声で、隣に立つ神を模した彫刻のような姿のアレンに問い詰める。
「おい!! 何故ここにいる!? 王女の葬儀は始まっているぞ!?」
「知っている」
「知っているなら何故ここにいる!? 早く会いにいけ!! 棺が閉じたら、もう二度と会う事はかなわないんだぞ!?」
「私は謹慎中なんだ、人手が足りないから借り出されているが、本来は部屋から出れない」
アレンはエルティーナの死に関わった全ての人を殺していった。一切の迷いなく。
隣国バスメールの王族が殺され、バスメール王宮は凄い惨状だった。それは全てアレンが一人で乗りこみ独断でした。王。王太子。王女。彼らの護衛騎士や近衛兵。全てだ。
ボルタージュで謁見中だったバスメールの宰相と彼の護衛騎士三人、神聖な場所である謁見の間で殺したのもアレンだった。
「いや…まぁそうだが、それとこれとは別だろう??」
ジルベールの言葉を受け流しながら、アレンは胸元にあるヘアージュエリーに手をあてる。
「血で染まっている私がエルティーナ様に近づくのを、私自身が許せない。謹慎してはいるが、無駄な殺戮だったとは思っていない。私は何一つ後悔していない。
エルティーナ様には……返せないくらいの愛を頂いた。もう充分だ。これ以上彼女を穢けがしたくない」
見習い騎士の時分から、アレンがエルティーナを愛していたのを知っていたジルベールは複雑だった。
「それでいいのか? …本当にそれでいいのか?」
絞り出すジルベールの声に被せるように、甘く精悍な声が回廊に響く。
「いい訳ないだろう! 行くぞ、アレン!!」
レオンは怒気をはらんだ雰囲気で立っていた。そんなレオンを見てアレンは静かに返答する。
「レオン、何度も話しただろう。私は列席しない。王太子がフラフラするな。早く広間に戻れ」
「お前な〜〜〜いい加減にしろよ!! こっちが下手に出ていると思って。
決着がついたら、エルに会うと言ってたな。終わったんだろ!? お前が終わらせたんだろ!? なら何故会わないんだ!? 棺が閉まったら、いくら怪力のお前でも蓋は開かない。
それとも傷だらけのエルには会いたくないのか??」
心配してくれるレオンに優しい気持ちが広がる。
「……レオン、ありがとう。感謝はしている。どんな姿になってもエルティーナ様を愛しているのは変わらない。そんな軽い気持ちで愛していた訳じゃない」
「だったら…」
「皆の前で、エルティーナ様に襲いかかっていいなら行くが?
想いが通じあった今、ただ眺めるだけなんて無理だ。色々……したくなる」
穏やかに微笑みながらレオンのエメラルドの瞳を見つめる。驚愕に見開いた瞳を面白いとアレンは思った。
「……分かった、なら行くぞ。お前がそうしたいなら したらいい」
レオンは逃がさないとばかりに、アレンの腕を掴む。
「うん、うん、僕もそれには賛成!! アレン様に襲われたところで、ぽやっぽやのエル様は抵抗しないですよ。死んでるから、抵抗もなにもないですけど……。
自国各国のボンクラ貴族達の前で、エル様といちゃいちゃすればいいですよ!! いい考えだ。
アレン様が煩わしく思う、結婚の申し込みが無くなると思いますよ?本当に、どの面下げてアレン様の隣に並ぼうと思うのか。厚かましい〜 と僕でも思いますね。うん。
あぁ ちなみに、貴族の間では貴方が宦官になったと広まってますが、全然効果はないですよ? むしろ増えてます。主に男側が……。
欲しいものは手に入れる。頭が軽い肉食系貴族達が、ありとあらゆる手を使い、貴方をモノにしようと水面下では凄いですよ?
僕はいくら目の覚めるような美貌のアレン様でも願い下げです。寝ている間にこの世から退場!って事になりかねませんから。聞いてる分には楽しいですけどね〜〜」
話に割って入ってきたのは、仮面を貼り付けたような笑みを浮かべるレイモンド・フリゲルン伯爵だった。
「フリゲルン伯爵? 何故ここにいる? さっき広間にいただろ?」
不思議そうなレオンに、レイモンドは溜め息を吐きながら頭を抑える。
「広間でアレン様を見かけなかったから、探していたんですよ。レオン殿下、当たり前の事を聞かないでください。
アレン様、僕は冗談ではなく本気で言ってます。
エル様が貴方を好きだと、本人から聞いて知っていました。フリゲルン伯爵家の家庭事情を話した時に聞きましたので。貴方は徹底してエル様に気持ちを隠されてきた。天使のように可愛らしいエル様が、見事に自分には魅力がないから恋愛対象外なんだと思い込んでましたよ。
貴方と離れたくないって、スピスピ泣いてましたから。
僕も、あの舞踏会の一件がなければ分からなかったですよ。あの時はかなり漏れてましたから。
…………エル様の身体に触れた最後の人はアレン様であって欲しい。
抱きしめて、口付けくらいはサービスしてあげたらどうですか? 彼女、喜びますよ?」
軽い口調で話すレイモンド。でもその内は、エルティーナの為という気持ちが溢れ出ていた。エルティーナに向ける気持ちは親愛。レオンに近い思いをエルティーナに向けていた。
レイモンドの思いは、レオンにもジルベールにも、勿論アレンにも届いた。
「ふっ、いいたい放題だな。そう思うなら先ずエルティーナ様をエル様と呼ぶな。
気持ちが私にあると知っていながらよくぞ、結婚を申し込み、胸を触り、肩を抱いたり、身体を密着させたり、額や頬に口付けしたり、やったもんだな」
(「ひぇ〜〜〜〜」)
レイモンドは命の危機を感じ、アレンから離れジルベールの背後に隠れる。
「アレン様と違って下心はなかったんですから、良しでしょう。っていうか全部覚えてるのが恐い。超絶美貌の姿だからいいものの、アレン様の愛し方は狂気ですね、狂気。エル様……じゃなくてエルティーナ様もムッツリ助平は嫌いですよ〜〜」
「おい、隠れるくらい恐いなら、それ以上話すな、フリゲルン伯爵」
ジルベールは凶悪になりつつあるアレンを見ながら、己の後ろに隠れるレイモンドに呆れながら話した。
「はははははっ、フリゲルン伯爵、アレンにそこまで言うのは天晴れだ。清々しいな、仲良くは出来ないと思っていたが、そうでも無さそうだ」
「はい、僕も色々暴言を吐きましたが、アレン様がエルティーナ様の仇をとってくれてスッキリしましたし。ちゃんと彼女を愛してたって分かって嬉しかったです。
…………たった一度。……エルティーナ様が伯爵家を訪れたのは一度だけでした。たった一度だけで、みんなの心を鷲掴みにしていきました。僕には愛している女性がいるので、エルティーナ様を女性としては見れなかった。
彼女は天使でしたからね、天使の羽根を引きちぎるような行為をしようなんて、はなから思っていません。
エルティーナ様に結婚を申し込んだ当初から、アレン様と一緒に来たらいいと提案してましたし。エルティーナ様には泣きながら怒鳴られましたけどねっ。
誤解が解けて良かったです。さぁさぁ、行きましょう!!! たっぷり濃厚に甘ったるく最期のお別れをしてください!!!」
「アレン。ほらっ、行くぞ!! エルが一番に会いたいのはアレンだ!!」
レオンが軽くアレンの背を押す。レオンとレイモンドの後押しで、アレンはエルティーナに会いに行く。
(「…エル様………」)歩きながら、アレンは胸元に眠るヘアージュエリーを軍服の上から握りしめた。