ある王国の物語。『白銀の騎士と王女 』
大広間の扉の前には、国王ダルタと王妃メダが立っていた。
 アレンの姿を見て、優しく微笑む。メダはゆっくりとアレンに近づき右手をアレンの頬に添え、数度軽く叩く。

「頑固もの。そういう所は貴方の母、エレアノールにそっくりだわ。無理矢理でもエルと婚姻を結ばせるべきだったわね。問答無用で、裸のまま貴方の部屋に放り込めば良かったわ。
 ……あの子をエルティーナを愛してくれてありがとう。貴方は最高の護衛騎士だったわ」

 アレンは静かにその場で頭を下げる。ダルタは頭を下げるアレンの肩を軽く叩く。愛を込めて。
 国王夫妻はアレンを連れて大広間に入る。エルティーナと最期の別れをする為に。


 遠くに見える棺は、エルティーナらしい可愛いいものだった。国王夫妻やレオンと連れ立って入室はしたが、アレンは一緒に並ぶことを断った。
 最期は騎士として、エルティーナが望む、彼女が大好きな小説のような騎士として、最期の別れをするつもりだったからだ。
 アレンはボルタージュ騎士団が並ぶ場所に向かい、団長のバルデンと副団長のキメルダに軽く頭を下げ、その後ろに立つ。

 葬儀は粛々と進み、神の言葉が棺の中に眠るエルティーナを包む。それを耳にしながら瞳を閉じた。

(「……エル様、お守りできなく…申し訳ございません。命の時を渡せることが迷いなくお渡ししたい。出来ることなら、もう一度名を呼んで頂きたい……エル様の声が聞きたい…」)

 叶わぬ願いと思っていても、願わずにはおれなかった。

「……レン!! …アレン!!!」何度か名を呼ばれ現実に引き戻される。
 いつの間にか目の前にはレオンが立っていた。葬儀はまだ終わってない。いきなり歩き出したレオンに列席者が不思議に思い、大勢の視線を一気に集めることになった。

「……なんだ、レオン」

 エルティーナとの静かな別れを邪魔された気分になり、声に苛立ちが入る。

「なんだって、エルを抱きしめて口付けしてやるんだろ? アレンの別れが終わってから棺を閉める」

「……何を言ってる、戻ってくれ。出来るわけがない」

「意地をはるな」「行ってこい」
 バルデンとキメルダに背を押される。

 抱きしめたり、口付けが嫌な訳ではなく。いくら想いが繋がったといえども、意識がないエルティーナにそういう行為をするのには抵抗があった。
 どう考えても、エルティーナは生々しい男女の恋ではなく、教典にあるようなプラトニックの恋を望んでいるに違いないからだ。

 腰が引けているアレンに、バルデンの身体に響く一発が背中に入る。

「ほら、皆を待たせるな、一発決めてこい」

 ここまで言われたら、引き下がれず仕方なくエルティーナの棺に足を向ける。

 磨かれた美しい大理石の床を歩く。静まり返る大広間にはアレンの靴音だけが響いている。
 拒否はした、会うつもりは無かった。でもエルティーナに会ったら一目見たら最後、アレンはまた恋に落ちる。
 何度も、何度も、恋に落ち、想いは溢れ出て止まらない。

(「………エル様……………何故、微笑んでいるんですか?
 …………普通は辛く歪むはず。それだけの行為を強要され、辛かったはずなのに。
 貴女は微笑むのですね………貴女は何処まで天使なのですか?」)

 アレンは棺の側にゆっくりと跪く。

 宝石を散りばめられたドレスはスカイブルー、大きくあいた胸元にはアレンの髪で造られたヘアージュエリーが柔らかい肌に馴染んでいた。
 バラバラにされた頭部と左腕も確かに生前のエルティーナに近く戻されている。

 アレンの思考は止まる。

 棺に手をかけ身を乗り出す、花々の中に眠るエルティーナは天使だ。姿を見るだけで身体は熱くなり想いは溢れる。
 左腕を背に入れ、己の身体に引き寄せる。
 右腕は頭部を支え、首がしっかりと身体に固定されている事を確認し、そのまま抱き上げる。腕の中にいるエルティーナを優しく抱きしめた。
 蝋で固められた身体は思った以上に軽く、掴んでいないと飛んでいきそうだった。

 アレンは抱きしめながら、頬にはじまり額、耳、髪、瞳と口付けを落としていく。
 甘く美しいその光景に誰もが魅入る。

 もう一度身体中で抱きしめた後、花が敷き詰められた棺の中にエルティーナを横たえさせる。
 ゆっくりと身体を離し、そしてエルティーナの蝋で固められた小さな手を上から握り、頬に手を添え、嘘偽りない告白をする。


「エルティーナ様、愛しております」

 アレンの痺れる声色が波打つように広間に響きわたる。
 唇と唇が…触れ合い…溶け合う……。

 蝋で固められた肌は堅く柔らかさはない。柔らかさはないはずだが、その十一年ぶりに触れ合った唇は何よりも甘く甘美、そして愛おしかった。


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