彼に惚れてはいけません
ずっと夢見ていた。
好きな人の部屋に行くこと。
映画では、こういうシーンはよくカットされているから、この後どういう行動をしたらいいのかわからない。
たいがいの映画では玄関のチャイムを押して挨拶をした後、いきなり次の場面になっていて、キッチンでキスをしたり、ベッドにいたりする。
「おい。何、してんの?」
立ちすくむ私に声をかける吉野さんは、緊張なんてしていないいつもの自然体。
「いや、どうしたらいいのかわからなくて」
「じゃあ、まず脱ごうか」
「え????」
目を見開いて驚くと、失笑する吉野さんが私の頭をコツンと叩く。
「バカか、お前。靴だよ!くつ!!」
「あ、そっか。はい」
玄関で立ち尽くしていた私は、いきなり序盤で失敗してしまった。
脱ごうか、なんて言うから・・・・・・
こういう所が、映画の世界で生きている弊害かもしれない。
現実の恋愛に対して、経験値が低すぎる。
「次、どうしたらいいのか教えよう。まず、手を洗って、椅子に座ろうか」
緊張していた私は、大好きな吉野さんの家を観察することも忘れていた。
まず、玄関の匂いは、ほのかなフローラルな匂いだったと思う。