彼に惚れてはいけません
「一緒に大好きな場所に来ることができて、本当に幸せ」
「俺に、知らない世界を教えてくれてありがとう。由衣に出会わなかったら俺はフランスに一生来ることはなかったな」
肩を寄せ合い、遠くの大聖堂を見つめながら、話す。
「私も、知らないことたくさん教えてもらったよ。吉野さんは、人も物も、全部大事にする人。そこ、尊敬してるんだ」
「俺、大事にしてるかな。ボールペン忘れていく男だぞ」
「でも、運命のボールペンだよね」
私達を結んでくれたのは、娘さんからのボールペンだった。
あそこに名前が彫られていたからこそ、私はボールペンを大切に持っていたのかもしれない。
「すごい出逢い方だよな、俺達って」
「まさに、映画みたいな出逢いじゃない?」
吉野さんは、ふふふと笑った。
「エスプレッソ飲みたいな」
吉野さんは、眠くなるとエスプレッソを飲む。
「濃い目のエスプレッソでしょ?」
「そうそう」
あの朝、彫りの深い男性がカフェに入ってきたんだよね。
そして、言ったんだ。
“エスプレッソ できるだけ濃い目で”ってね。
面白いことを言う人だなって思った。
もうあの時に、ちょっと好きだったんだろうな、私。
ゴロンと転がり、すぐに吉野さんは眠ってしまった。
その横顔を見つめて、写真に撮り、ちょっとほっぺを触ったりしていたずらしているうちに私も眠ってしまった。