彼に惚れてはいけません

エスプレッソの匂いにキュンとした。

「もうボールペン忘れないでね」

「ああ、もう何も忘れない」


彫りの深い横顔を見つめると、すぐに気付いてこっちを見る。

「今、好きって思った?」

「うん、思った」


落ち着くBGMにパリの風景画、大好きなこのカフェで出会った。

絶対に惚れちゃだめだって思う男だった。


よだれ、あくび、おしぼりで顔拭いちゃうような人。

思わせぶりなのに、全然つかめなくて。

俺を好きになるな、って言いながら、どんどん好きにさせてくる男。


惚れちゃだめって思えば思うほど、好きになってた。

だって、こんな人は今まで出会ったことがなかった。

こんなにも正直で、まっすぐで、嘘がない人。


私の生き方を変えてくれた人。

素直になれ。

心のままに生きろ、と。

だから、素直になれた。


好き。
好き。大好き。

全部、好き。

目じりのしわも、よだれも、その自然体なすがたも。


心配して探してくれたり、突き放したり、いろいろあったね。


キスをして、離れて、でもやっぱり好きで。



危険な男だって思ってたのに、世界で一番安全な人だった。

誰よりも私を理解してくれて、誰よりも私を大事にしてくれる。

ありのままの私を愛してくれる人。


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