彼に惚れてはいけません
「ストレスで押しつぶされたことがあった。5年くらい前だったかな。仕事が忙しくて、それと娘とのこと、いろんな悩みがあって、俺は心が折れそうになった。会社も辞めようかと思うくらいだったんだけど、マスターに出会って救われた。マスターとはゴルフ場で知り合ったんだ。俺がため息ばかりついているのを見て、声をかけてくれたんだ」
吉野さんにそんな過去があったなんて、信じられなかった。
カフェでよだれ垂らして昼寝しちゃうような人なのに。
「この店に初めて来て、箱庭ってのを知って。自分の心と向き合うってことを今までしていなかったなって気付かされたんだ。自分のことなのに、自分が一番わかってなかった」
「私もさっきやらせてもらいました。すっごく楽しくて、時間忘れちゃいました」
言われてみるとお父さんのような微笑みに思えてくる。
優しく微笑みながら、チーズをつまむ姿に安心する。
「自分と向き合うっていうのは、一番難しいと思う。俺達ってさ、自分のだめなところとか自分でわかってんだけど、認めたくないから見て見ぬフリしちゃったりしない?それをガンガン感じる時間でもある。ここに来たことがきっかけとなって、俺の人生は大きく変わった。自分の為に自分を大事にするってことを目標にしよう、と」
大きく頷いた私に、吉野さんはうんうんと同じように頷いてくれた。
吉野さんが好きだというスパークリングワインで乾杯し、口に含む。
顔が熱くなるのがわかる。