彼に惚れてはいけません

「触らないと由衣の顔がこんなに熱いってことわからない」

動くことも声を発することもできなかった。

触れた指先の中指は、私の耳に当たっていた。

「だから、いつか本当にパリに行くんだよ。実際に行って、見て感じて、自分の好きなパリかどうか確認しておいで」

ようやく私の顔から手を離した吉野さんは、スパークリングワインを飲み干す。

「遠いと、良く見えるんだ。映画でも写真でも、良い部分を撮るだろう。人間だってそうだろ。離れているとみんな良い人に見える。でも、離れているとその人の心は見えない。こうして、目と目を見て話して、近くに来て初めてわかることってたくさんある」

「そ、そそうでしゅね」

もう緊張ピーク過ぎておかしくなっている私。

「ふふ。ほら、そんなかわいい由衣を見ることができたのも、近くに来たからだ。その目の下のほくろも…遠くからは見えない」

「吉野さんの、その目じりのしわも、遠くからじゃ見えない。私、目じりのしわフェチなんです」

酔っているからという理由だけでは、このおかしな発言の言い訳にはならないだろう。

笑い出す吉野さんに、私は顔を隠して恥ずかしがった。


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