彼に惚れてはいけません

「君は、入社何年目?」

「4年目です」

「女の子で営業は大変だろう。セクハラされたりするんじゃないの?」

と体を寄せてくる岡田社長に、あんただよ!と心の中で突っ込みを入れる。

ただひとつ彼の持ち物で気に入ったのは、セカンドバッグから少し見えたフランス国旗の模様のキーケースだった。
赤信号に照らされたフランス国旗が、私の心をぽっと照らす。

いつもそう。

何か悩んだり、くじけそうになった時、救ってくれたのはパリだった。

フランスを題材にした映画を見たり、パリの写真集を見たりすると、私の心はパリジェンヌになれる。

行ったことのないフランスに気持ちだけが飛んでいく。

憧れの場所があるって素敵なこと。

そこにまだ行ったことがないっていうのも、なかなかいい。
夢があるってこと。


だから、負けない。

こんなことくらいで負けない。



岡田社長の左手を、やんわりと私の太ももの上からおろす。

また乗ってくる。

またおろす。


その繰り返しだった。


目を閉じる。

ムーランルージュの赤い水車。

いつか行ってみたい。

吉野和也さんと。


憧れのパリへ・・・・・・



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