彼に惚れてはいけません
「あの、起きる時間じゃないですか」
私の中に眠っていた良心が、彼を起こせと言った。
「うわっ!!誰?」
飛び起きた彼は、慣れた手つきで口元のよだれをシャツで拭き、キョロキョロと首を動かす。
「ここ、どこ?」
そう言った後、頭を抱えた。
「会社、遅れますよ」
と私が言うと、じっと私を見つめてきた。
「ん?」
この目の感じが好みであることは、もう気付いている。
私は、目をそらし、荷物をまとめた。
「ああ、そうか。ごめん。遅刻するところだった。助かったよ、ありがとう」
お礼はとても爽やかだった。
あのよだれの寝顔を見ていなかったら、少しどきっとしてしまったと思う。
「本当に、ありがとう!行ってきます」
行ってきますって、あんたの奥さんじゃないって!と突っ込みながらも、内心嬉しく感じてしまったのは、まだそんなシチュエーションを経験したことがないからだ。
慌てて店を出て行った後ろ姿に向かって、心の中でさよならと呟いた。
もう会うことはないだろう。
っと、私もゆっくりしている時間はない。
急がないと、と立ち上がった時、ボールペンらしきものが落ちているのが目に入った。