彼に惚れてはいけません

「コース2人分、赤ワインで」

薄暗い店内は、個室のように区切られていて、密着している男女もいれば、仕事の話をしているような男性のグループもいた。

一般人が入ることなどできない雰囲気のお店だった。

“いい経験させてもらったと思え”と上司がよく言う。

そうそう!それそれ!と気分を高めるが、一向に仕事の話をしようとしない岡田社長にイライラしてくる。

「社長、俺の好みよくわかってるからなぁ」

と岡田社長は笑った。

「君は俺の好みなんだよ。だから、今日声をかけてくれたんだ」

ショックで何も言えなかった。

そんなはずない。

光触媒の空気清浄機を紹介してくれようとしただけだ。

絶対に違う。


こぼれそうな涙をぐっと飲み込み、厚切りステーキを口へ運ぶ。

「わぁ、美味しいです!こんな美味しいお肉食べたことないです~」

男が喜ぶってこと、知ってる。
“食べたことない”とか“こんなの初めて”ってのが好き。

こんなに我慢しているんだから、絶対に契約取ってみせる。

おだてて、機嫌良くして。
そんなの、別に平気。

帰ったら、ムーランルージュ見ながら、大熱唱してやるんだから。



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