御曹司さまの言いなりなんてっ!
ファーストキスは禁断の味

 独り暮らしのアパートの部屋は、当然ながらすごく静かだ。

 だから私はいつも通り、髪をブラッシングしながらテレビのリモコンに無意識に手を伸ばす。

 テレビ画面に映った朝の情報番組の司会者の笑顔と、明るい声が、室内に漂う侘しさを救ってくれた。



 大学卒業後、就職浪人することなく無事OLになれた私はラッキーだと思う。

 私が勤める会社は、3代目若社長を頭に据えた、もうすぐ創立50周年を迎えるそれなりに安定した中小企業だ。

 大学時代の友人達の中には、この不安定なご時世で転職を余儀なくされた人もいるけど、私は今年で勤続4年目。

 でもお給料は高くないから贅沢はできないし、実は退職金制度も無い。

 少ない手取りで自力で備えなきゃならなくて、その点は少々不安と言えば不安だけど。

 彼氏いない歴1年以上、いまだ記録更新中の私は、ここ最近お洒落やデート代にお金を使うこともない。

 ニーサでも初めてみようかなぁ……なんて考えている、今日この頃だ。


 レーズンパンと牛乳の簡単な朝食を済ませ、出勤に備えてメイクをしようと立ち上がった私は、ふと窓の外を見た。

 まだ七時だというのに、もう日差しがこんなに強い。

 日に照らされた街路樹の葉や、建物の屋根や壁の色彩が強烈に目に映って、私は目を細めた。


 あぁ、今日も暑くなりそうだな。

 だいたい、すでに五月から30度越えしてるってどういうこと?

 そのうち日本は、サウジアラビアみたいになるかもね。

 それで石油が出てくれるっていうのなら、景気も良くなるだろうから、暑いくらいは我慢もできるけど。


 外で待ち構えているであろう、無意味に茹だるような空気を想像して私は溜め息をついた。

 今日も熱中症で倒れる人が何人もいるだろうな。私も気をつけないと。

 最近経費をケチッているのか、会社のエアコンの温度設定はやたらと高めだし。

 私の席は窓際で直射日光が当たるから、油断してたらバッタリいく事になる。


 そう。まだ私が高校生だった、あの日のように。


 私は洗面台の鏡に向かって、顔に日焼け止めジェルをたっぷり塗りながら、過去の出来事を思い出していた。

 夏になると必ず、まるで風物詩のようについて回る思い出。

 忘れもしない、あの日。

 私にとって、とんでもなく衝撃的な事件だったあの記憶を…………。




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