御曹司さまの言いなりなんてっ!
その声を聞いたあたしの胸がキュッと熱くなった。
熱中症の症状だけではない熱と苦しさを、自分の中に感じる。
また彼が喉を反らしてジュースを口に含むのを、あたしは戸惑いながら見ていた。
そして近づいてくる顔を、改めて見つめる。
真剣な目だった。
少し長めの睫毛に縁取られた瞳は、瞬きもせず真っすぐあたしを見ている。
まるで宝石のように透明感のある、澄んだ綺麗な瞳だと思いながら、お互いの視線の距離があっという間に縮まるのを、あたしはどうする事もできない。
砂漠のように乾いた全身は、せがむように水分を欲している。
だから…………また唇が重なった。
彼の口腔で温められたジュースの香りが強く匂い立って頭を突き抜け、あたしをクラクラさせる。
ふわりとした優しい甘さが口の中いっぱいに立ち込め、わずかに隠れた酸味がほんのりと舌をくすぐった。
こんな味、あたし、知らない。
人生で初めての鮮烈な衝撃が心と体を駆け抜ける。
そっと離れた彼の唇が、しっとりと濡れて光っている。
夏の強烈な午後の光を受けて、水を浴びた薄赤い果肉のように輝いていた。
ああ、その綺麗な唇から、目が離せない。
離せ…………な…………い…………。
救急車のサイレンの音が遠くに聞こえる。
近づいてきているはずなのに、何故かその音はあたしの耳から急速にボンヤリ遠ざかっていった。
そしてあたしは林檎の味と香りに包まれながら、彼の腕の中で気を失った。