御曹司さまの言いなりなんてっ!
両腕に山のようなファイルを抱えた牧村さんが、お盆の上のグラスを見つめて苦笑いしている。
私はつい、すがり付くようにして彼に訴えてしまった。
「牧村さあん! 私、どうすればいいんでしょうか!」
「すみません。私も、とんと見当がつきません」
「これでも精いっぱい努力してるんです! なのに、何を出しても部長は満足してくれないんです!」
「もしかしたら部長が遠山さんに期待しているのは、林檎以外の別な何かなのではありませんか?」
牧村さんは首をひねりながら、思案するような表情でそう言ったけれど、そんなはずはない。
部長が私に期待し続けていることは、私が部長の心を満足させるほどの、究極の林檎味を見つけ出すこととしか思えないもの。
「ですが部長は、以前はあそこまで林檎に執着しておられませんでしたよ?」
「そうなんですか?」
「ええ、遠山さんが入社した途端の現象です。きっと何か、部長の胸には秘めたものがおありになるのだと思います」
「それ、秘めてないでボロッと吐き出してもらえたら、すごく助かるんですが」
「それは難しいでしょうねえ」
牧村さんはファイルを抱え直しながら、また苦笑いした。
「部長は、ストレートな性格ではありませんから。あの複雑な生い立ちのせいでしょうね」