御曹司さまの言いなりなんてっ!
この男はまた、そんなセリフをまるで業務命令のような口調で……。
こみ上げる悔しさに私はキュッと唇を噛み、部長の手を振り払ってドアに向かった。
「おい、行くなと言っているだろう」
「急用なんです」
「俺のそばにいろ。どこにも行くな」
「だから、急用なんです! なんなら部長さえよろしければ、ご一緒しますか!? 女子トイレの個室の中まで!」
「……行ってらっしゃい。どうぞごゆっくり」
笑いをかみ殺しているような、実に愉快そうな彼の空気を背中に感じながら私は部屋を出た。
怒りの表情のまま大股でドスドスと、女子トイレを目指してまっしぐらに突き進む。
床を踏み抜かんばかりの勢いでトイレに飛び込む姿を、周りの人達が怪訝そうな顔で見ていた。
幸い中に人影はなく、私は洗面台に駆け寄って急いで鏡を覗き込み、そしてガックリと肩を下ろした。
ああ、これはハマッた。
鏡に映る私の顔は懸命に不機嫌を装っていても、頬はバラ色に染まり、目は何かを請うように潤んでいる。
痛みを伴う胸の疼きは、快感にも似た熱をもってどんどん深く広がるばかり。
私は踏み込んでしまったんだ。一年前に彼氏と別れて以来、ずっと気配も感じられなかった危険地帯に。
私は、部長に惹かれてしまっている。
勢いよく蛇口から水を出して両手を浸したけれど、そんなことくらいではとても冷静にはなれなかった。
頭の中は部長のことで一杯で、他のことがまるっきり考えられない自分が嫌だ。
仕事中だっていうのに、なんなのこのザマは。