御曹司さまの言いなりなんてっ!

「なんだよ、さっきの態度は」

「な、なんのことですか?」

「お前、そんなに俺と一緒に泊まるのが嫌なのか?」


 座った目付きで私を見ながらぶっきらぼうに吐き捨てる部長は、なんだかいつもと雰囲気が違って見える。

 会社で仕事をしている時とは違って、ずいぶんと砕けた態度で私に近づいて来た。

 そして長身をぐいっと曲げて、私と顔を突き合わせる。

「……!」

 あまりの急接近にオデコ同士がぶつかりそうになり、息を詰めた私はとっさに一歩、身を引いた。


「逃げるな」


 すかさずまた一歩、部長が近づき額をグッと寄せてくる。

 ちょ……! 顔、顔近すぎ!

 心の中で悲鳴を上げるも声にはならず、この異常な急接近に私の心臓は高鳴り、見惚れるほど綺麗な彼の瞳に釘付けになってしまった。

 部長の吐息を生々しく感じて胸がキュッと苦しくなる。

 自分の顔が、恥ずかしいくらい一気に赤くなるのを止められない。


「正直に答えろ。お前、俺と泊まるのが嫌なのか?」

「…………」

「答えろ。嫌なのか?」


 部長の唇が動くたびに、彼の吐息が私の唇に触れる。

 これではまるで、疑似キスだ。

 私の視界は、男の美しい顔で覆われてしまっている。

 私の耳も、男の魅惑的な低い声に占領されてしまっている。

 顔は燃えるように赤く染まり、苦しい胸の鼓動の音は外まで漏れ聞こえそうなほどに激しい。

 この状況では、ムダな抵抗だ。

 今の私が何をどう言い繕ったところで、嘘だとばれてしまうだろう。

 だから、正直に言うしかなかった。

「嫌じゃ……ない、です……」
< 135 / 254 >

この作品をシェア

pagetop