御曹司さまの言いなりなんてっ!
「よぉーーーーし!」
途端に部長の声のトーンがガラッと変わった。
不機嫌そのものだった表情は嘘のように明るくなり、今にも重なる寸前だった顔同士がスッと離れていく。
その豹変ぶりに呆気にとられる私に、背筋を伸ばした部長が満足そうな声で言った。
「実は俺、お前が本当に『嫌だ』って答えた時のために、ちゃんと別の宿を用意してあったんだよ」
「……はあっ!?」
「さすがに無理強いはマズイからな。でも良かった良かった。お前、俺と泊まるの嫌じゃないんだろ? 今そう言ったよな?」
パカッと口を開けてる私の肩をポンポン叩きながら笑う部長の顔は、イタズラが成功した悪ガキの表情そのもの。
……この人、わざとだ。
わざと私に別宿のことも教えないで、あんな思わせぶりな態度をとったんだ。
私の口から『嫌じゃない』って言葉を言わせるために。
さっきまで頬を赤く染めていた血液が、今度は別の意味で頭にカァッと上ってくる。
私は開けていた口をギュッと閉じ、目の前の男を思い切り睨み上げながら鼻から大きく息を吸い込んだ。
……こ、こんの……。
「この……!」
「ほら早く。グズグズするな」
叫び出す瞬間、部長に腕をつかまれて引っ張られてしまった。
私の胸いっぱいに溜まった空気は吐き出すタイミングを失い、失敗した風船のようにブハァッと抜けてしまう。
手を放して下さいと訴える間もなく、私は車の助手席に押し込められてしまった。