御曹司さまの言いなりなんてっ!

 と思ったところで、まさかそれを本人に聞くわけにもいかず。

 何も言えなくなってしまった私は、口を噤んで胸をざわめかせるだけ。

 この胸のざわめきは不安? それとも動揺? それとも……。

 期待?

 その答えもはっきりさせられずに、ただ、隣で車を走らせる男の存在感に圧倒されているだけだった。


 そんな私の気持ちをよそに、滑るように車は走り続け、窓の向こうの景色は軽快に流れていく。

 落ち着かない沈黙が支配する車内で彼の横顔を盗み見ながら、『この人の運転、上手いな』と思った。


 ウィンカーを出すタイミングとか、アクセルやブレーキ操作の仕方とか。

 車線変更もスムーズだし、切ったステアリングの戻し方とかもすごく滑らかだ。

 昔付き合った彼は正直言って運転がヘタくそで、とにかく最悪なのが“かっくんブレーキ”だった。

 ドライブデート中に何度も“かっくん”させられて、むち打ち症になるんじゃないかと本気で心配したことがある。


 でも部長の運転はちっとも揺れなくてセンスがある。

 運転の上手い男って、やっぱり素敵だな。

 ハンドルを握る指の頼もしさとか、前方を見る目の凛々しさとか、横顔のラインのカッコ良さとか。

 狭く密接した空間で、新たに発見した部長の魅力に頭の中がぽわっと浮かれてしまう。

 ああ、またこの胸が甘くキュンと鳴って……。


 ……だ、だから!

 トキメキ禁止なんだってば!

 しっかりしなさいよ! 相手はワケありの上司なのよ!
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